著者の所属・活動拠点の国は、トルコです。
掲載誌:Keshif
ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: 論文PDF
研究のねらい
この論文は、17世紀のオスマン帝国で書かれた医学書から、練り薬「マージューン」の処方を一つ取り上げています。原文を翻字し、英訳し、その文章が書物全体の中でどのような位置にあるかを考察した、短い史料紹介です。マージューンとは、複数の材料を砂糖や蜂蜜で練り合わせた、柔らかい菓子のような薬のことです。
著者が注目したのは、この処方が子を授かるための薬として書かれ、さらに「スルタン・メフメトに与えられた」という由来が添えられている点です。ほかの処方にはほとんど見られない書き方であり、論文はその意味を問いかけています。
史料と時代背景
処方が収められているのは、エディルネの病院(ビーマーリスターン)の長を務めたカフヴェジザーデ・アフメトの医学書『ジェリーデテュル・エティッバー』です。全15章で、練り薬、丸薬、シロップ、うがい薬、軟膏、薫香などの調合法を扱っています。序文によれば、試してきた調合を集め、一般の人にも学のある人にも分かるよう、平易なトルコ語で書いた実用書です。論文はこれを、14世紀以降トルコ語で書かれ、医師がいない場面で読者自身が対処できるよう助けることなどを目指した、オスマン医学の処方書の伝統に位置づけています。なお、アフメト本人について分かっていることは非常に限られています。
論文によると、当時のマージューンには、伝統医学で食物とも薬ともみなされる材料が多く使われていました。病気の治療だけでなく、気分を晴らす、頭の働きを強める、性欲を高めるといった目的でも食べられていました。宮廷では大量に作られ、春の始まりを祝うネヴルーズには宮廷の首席医師がスルタンや要人に向けて調合したといいます。現代から見ると食と薬の境界にあるように見えても、近世オスマンの人々の食生活にそのような区別はなかった、と著者は述べています。
取り上げられた処方には、コショウ、クローブ、シナモン、アニス、セロリやニンジンの種など20近い材料が並び、蜂蜜で練って朝晩に食べるよう指示されています。本文では、男女を問わず生殖を妨げる病を除き、子のない者に子をもたらすといった効能がうたわれています。これらはあくまで原典の記述であり、論文が効果を検証したものではありません。また、ここで言う「メフメト」が17世紀に在位したメフメト3世やメフメト4世なのか、それ以前のスルタンなのかは分からないとされています。
三つの「正当性」による語り
著者の主な指摘は、この処方の文章が三種類の権威を重ねて、効能に説得力を持たせていることです。前半は、書物の大部分と同じく、材料と用法を淡々と記す専門的な調子で書かれています。ところが「試してみたいなら」という一節から、試したい人に向けた服用の方法が語られ始めます。続いて、アラブとペルシアの医師たちが合意のうえでこの処方をスルタン・メフメトに与えたという由来が示されます。最後に、作者自身もこれを試したと述べて締めくくられます。
論文はこの構成を、専門的、文化的、個人的という三つの正当性として整理しています。オスマン人が受け継いだ文化に根ざす医師たち、その助言を受けたスルタン、そして作者自身という順に権威を示すことで、作者はこの薬の効き目を強調しているように見えます。著者は、作者が本当にその効果を信じていたのかもしれないとも述べています。
この研究が示すもの
書物の大半で作者はほとんど自分の声を出さず、ほかの練り薬には由来話も添えていません。それにもかかわらず、生殖にかかわる処方でだけ特別な語りが現れることを、論文は興味深い点として示しています。一つの処方を丁寧に読むことで、近世オスマンの医学書が権威をどう借り、読者に何を信じさせようとしたのかが見えてきます。この研究は、実用書の小さな一節からも、当時の医療文化や子をもうけることへの関心を読み取れることを伝えています。
原著論文の著者・所属:Demirkol, Akarsu(MA Student, Department of Turkish Literature, Boğaziçi University, Istanbul)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Demirkol, Akarsu. A Maʿcūn Recipe with a Sultan Reference. Keshif 2026-10-02. DOI: . 原著ライセンス:CC BY.