著者の所属・活動拠点の国は、スペインです。

掲載誌:Explorations in Economic History

ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: 論文PDF

研究の目的

国内の各地域が一つの市場として結びつくこと(市場統合)は、経済成長の土台と考えられています。ただ、19世紀にその統合を何が推し進めたのかについては議論が続いてきました。郵便や電信の普及、通貨・法制度上の障壁の撤廃なども挙げられますが、中でも輸送費の低下が重要だったとする見方が有力です。一方で、道路・水運・鉄道のどれがどの程度効いたかは、国や地域によって異なるとされてきました。

著者らは19世紀スペインを対象に、鉄道を中心とする「交通革命」が国内の穀物価格の地域差をどれほど縮めたのかを、新たに整備したデータで検証しました。対象期間は、スペインに鉄道が登場する直前の1847年から、全国の鉄道網がほぼ整い、帆船から蒸気船への移行も「完了」した1907年までです。

何を調べたか

研究チームは、スペインの裁判管区(partidos judiciales)451か所について、小麦・大麦・ライ麦の価格を複数の基準年ごとにまとめたデータを新たに作成しました。あわせて、道路、鉄道、航行可能な河川や運河、港、沿岸航路を含む歴史的な交通網を、地理情報システム(GIS)上で詳細に復元しました。輸送手段ごとに、1トン・1キロメートルあたりの運賃が時代とともにどう変わったかも整理しています。

当時の運賃記録は、主に主要都市間のものに限られています。そこで著者らは、復元した交通網の上で、各管区の中心地から他のすべての中心地へ小麦1トンを運ぶ最小費用を計算しました。この方法で、基準年ごとに10万を超える地域の組み合わせについて輸送費が推定されました。さらに、主要な貿易相手国の港や国境までの輸送費も求め、国際市場との結びつきの影響も考慮しています。

分析の考え方は次のとおりです。二つの地域の価格差が輸送費などの取引費用を上回れば、安い所で買って高い所で売る取引(裁定)が起き、価格差は縮まるはずです。ただし小麦は国内の広い範囲で栽培されていたため、地域内の需給だけで価格差が小さくなっている組み合わせもあり得ます。そこで著者らは、価格差が推定輸送費に近く、実際に裁定が働いていると考えられる地域の組み合わせに分析を絞りました。また、交通網の配置そのものが地域の事情に左右されるという問題に対処するため、操作変数法と呼ばれる手法を用いました。これは因果関係を推定するための統計手法で、本研究では、鉄道の最小費用経路などをもとに仮想的に組み立てた交通網から求めた輸送費を手がかりにしています。

主な結果

まず、1847年から1907年にかけて、国内の平均輸送費はおよそ63%低下したと推定されました。著者らは、ある輸送手段の発達がなかった場合を想定する仮想シミュレーションも行っています。原著はその結果について、鉄道が約39%、道路と荷馬車輸送が13%、蒸気船が約3%を占め、残りは複数の輸送手段が組み合わさることによる補完効果を反映していると報告しています。輸送費が最も大きく下がったのは、海に面していない内陸部でした。内陸の交通基盤の整備が、海上輸送の改善よりも輸送費に大きく影響したためと説明されています。国際市場への輸送費も57%低下していました。

次に、輸送費と小麦の価格差の関係を調べたところ、輸送費が下がるほど地域間の価格差も縮まるという明確な関係が確認されました。輸送費の変化率に対する価格差の変化率(弾力性)は、裁定が働く組み合わせに対象を絞るほど1に近づき、より厳しい条件では約0.9となりました。著者らは0.8という値を採用して計算しています。大麦やライ麦でも同様の関係が見られました。著者らの計算では、観測された価格差の縮小の大部分(8割台)が輸送費の低下で説明されました。この関係は期間の前半(1847〜1877年)と後半(1877〜1907年)のどちらでも保たれていました。

これに対し、国際市場への輸送費を表す変数は、分析によって結果がばらつき、一貫して統計的に有意ではありませんでした。著者らは、国際市場への到達しやすさの改善は国内統合にほとんど寄与しなかったと解釈しています。当時のスペインは貿易開放度が約15%で、最も保護主義的な国の一つだったことと整合するとしています。

鉄道の役割は具体的な経路でも示されました。内陸の穀物産地と沿岸の消費地を結ぶソリア〜レウス間では、鉄道による直通輸送は、運河・河川と荷車を組み合わせる場合より35%安くなりました。水運がほとんど使えないメリダ〜カディス間とグアダラハラ〜アリカンテ間では、鉄道による削減幅はさらに大きく、それぞれ40%、60%でした。また、道路網を1963年の水準まで充実させた想定で鉄道がない場合を計算し直しても、結果は元の想定とほぼ同じ(差は1%未満)だったと報告されています。

研究が示す意味

著者らは、内陸の主要地点と沿岸を安く効率的に結ぶという、道路だけでは実現できなかった役割を鉄道が果たしたと結論づけています。険しい地形を効率よく越えられる鉄道の特性が、19世紀後半のスペインにおける市場統合の決め手になったという見方です。本研究は経済成長全体への効果を直接は測っていませんが、著者らは交通改善を、市場統合から経済成長へとつながる過程の出発点に位置づけています。

イギリスやオランダなど西ヨーロッパの中核地域では、18世紀までに水運・道路・沿岸航路によって効率的な市場がすでに成立していました。これと対比して著者らは、制度的な要因に加えて地理的な制約がスペインの交通の発展を妨げ、当時の先進経済との差の一因になったと論じています。

原著論文の著者・所属:Guillermo Esteban-Oliver(Universidad de Zaragoza)、Eduard J. Alvarez-Palau(Universitat Oberta de Catalunya)、Jordi Martí-Henneberg(Universitat de Lleida)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Guillermo Esteban-Oliver, Eduard J. Alvarez-Palau, Jordi Martí-Henneberg. Building a national market: Transport and economic integration in nineteenth-century Spain. Explorations in Economic History 2026-10-01. DOI: 10.1016/j.eeh.2026.101791. 原著ライセンス:CC BY.