この研究は、タイ、ミャンマーの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Plant Science

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

タイで広く栽培されている水稲品種「パトゥムタニ1号(PTT1)」は、収量性と品質に優れる一方で、アントシアニンによる色素の着色がなく、抗酸化性を持つ成分の含有量は比較的少ないとされています。アントシアニンは、フェニルプロパノイド経路でつくられる水溶性の色素成分で、米の果皮(ぬか層)が紫や黒に見える色のもとになります。研究チームは、この色素を多く含む米を、優良品種の特性を大きく損なわずに得られないかという点に着目しました。

著者らは、PTT1の種子にガンマ線を当てて遺伝的な変異をつくり出す「突然変異育種」という手法で、紫色の玄米をつける系統をつくることを目指しました。そのうえで、単に色を調べるだけでなく、生育や収量、光合成、糖の代謝、登熟(粒が太る過程)、抗酸化の働き、そして色素づくりに関わる遺伝子のはたらきまでをあわせて評価し、これらがどのように関連しているのかを明らかにすることを目的としたと述べています。

どのように調べたか

研究チームは、水分量がおよそ12〜14%のPTT1の乾燥種子に220グレイのガンマ線を照射し、2020年から2025年にかけて温室で自家受粉をくり返して世代を進めました。最初の世代では生存率と稔性を、その後の世代では玄米の着色の濃さ、粒の外観、株の勢い、形質の安定性を基準に選抜を行い、第6世代(M6)で紫色の粒が安定して現れる3系統を選び出しました。3系統はそれぞれ別の個体に由来し、独立した系統で選抜が進められ、PTTM-A1、PTTM-A2、PTTM-A3と名づけられています。

比較試験は温室内のポット栽培で、各系統4反復という設計で実施されました。草丈や分げつ数、止葉(穂の直下の葉)の面積、地上部の乾物重といった生育の指標に加えて、穂数や登熟歩合、千粒重、1株あたりの収量が記録されました。また、登熟期の止葉について葉緑素量、光合成速度、クロロフィル蛍光による光化学系IIの働きが測定され、葉と発達中の粒では開花後7、14、21、28日の可溶性糖とスクロース、粒の乾物重の増加量が調べられています。

成分面では、pH示差法による総アントシアニン量、総フェノール量、総フラボノイド量、DPPH・ABTS・FRAPの3種の方法による抗酸化能が測定され、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で個々のアントシアニン成分が分析されました。さらに、酸化ストレスの指標となる過酸化水素とマロンジアルデヒド(細胞膜の脂質が酸化された際に生じる物質)、抗酸化酵素であるスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)、カタラーゼ(CAT)、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)の活性、そしてRT-qPCRによる関連遺伝子の発現量が測定されています。得られたデータは、ピアソンの相関分析と主成分分析によって、形質どうしの関係が整理されました。

報告された主な結果

論文によれば、照射由来の3系統はいずれも、親品種PTT1より止葉の面積と地上部の乾物重が有意に大きくなりました。分げつ数と1株あたりの収量については、PTTM-A2とPTTM-A3がPTT1を有意に上回り、PTTM-A2が34.08 g/株、PTTM-A3が33.56 g/株であったのに対し、PTT1は27.46 g/株と報告されています。一方で、草丈はやや低くなり、1穂あたりの粒数と千粒重は着色が濃くなるにつれて減少する傾向が見られました。登熟歩合はPTTM-A3で最も高く88.92%、PTT1で最も低く82.14%でした。粒の乾物重の増加量も照射由来系統で高まったとされています。

玄米の色については、明るさを示すL*値がPTT1で72.18と最も高かったのに対し、選抜系統ではいずれも大きく低下し、PTTM-A3が24.52と最も低く、赤みを示すa*値は15.26と最も高くなりました。PTTM-A3は、葉緑素量、純光合成速度(24.84 µmol CO₂ m⁻² s⁻¹、PTT1は18.42)、クロロフィル蛍光の指標、スクロースの蓄積、総アントシアニン量、シアニジン-3-グルコシド濃度、抗酸化活性のいずれにおいても最も高い値を示したと報告されています。HPLC分析では、着色した照射由来系統の主要なアントシアニンとしてシアニジン-3-グルコシドが検出されました。

酸化状態に関しては、アントシアニンの蓄積が多い系統ほど過酸化水素とマロンジアルデヒドの蓄積が少なく、同時にSOD、CAT、APXの活性が高いという対応関係が見られました。遺伝子発現の解析では、色素合成に関わるKala4、OsC1、OsDFR、OsANS、OsUFGTのほか、糖の代謝やシグナルに関わるOsTPS1とOsHXK6の転写量が、照射由来系統で高いことが示されています。相関分析と主成分分析では、光合成の働き、スクロースの代謝、アントシアニンの蓄積、抗酸化能、酸化ストレスの指標、そして収量性のあいだに関連があることが示されました。

この研究が示すこと

著者らは、選抜されたM6系統において、アントシアニンの蓄積が、葉で光合成によってつくられた炭素の供給(ソース)とそれを受け取る粒(シンク)の関係、および酸化還元に関わる形質と、そろって変化していたと述べています。ただし、ガンマ線照射は複数の遺伝的変化を同時に引き起こしうるうえ、これらの形質のもとになった遺伝子の変化は本研究では特定されていません。そのため著者らは、これらの関係を因果関係ではなく、あくまで関連として解釈すべきだと明確に述べています。

研究チームは、この成果を、優良品種の背景を保ちながら栄養面の質と農業形質をともに高めた米系統を、ガンマ線照射によって育成しうる可能性を示すものと位置づけています。同時に、色素の蓄積と生理・生化学・転写レベルの応答がどのように連動しているのかを整理した枠組みを提示した点に、この研究の意義があると説明しています。

著者:Thanakorn Wangsawang(Department of Innovative Agriculture, College of Creative Agriculture for Society, Srinakharinwirot University, Nakhon Nayok 26120, Thailand)、Khin Sandar Cho(New Plant Variety Protection Section, Department of Agricultural Research, Naypyitaw 15013, Myanmar)、Natta Phadungsil(Nakhonsawan Rice Seed Center, Rice Department, Nakhon Sawan 60000, Thailand)、Chakkree Lekklar(Division of Agricultural Technology, Faculty of Science and Technology, Rajabhat Rajanagarindra University, Chachoengsao 24000, Thailand)、Athipat Ngernmuen(Department of Zoology, Faculty of Science, Kasetsart University, Bangkok 10900, Thailand)、Chaiyawat Nantachot(Nakhon Sawan Field Crops Research Center, Department of Agriculture, Nakhon Sawan 60190, Thailand)、Sumana Wangsawang(Department of Innovative Agriculture, College of Creative Agriculture for Society, Srinakharinwirot University, Nakhon Nayok 26120, Thailand. Electronic address: [email protected]

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Thanakorn Wangsawang, Khin Sandar Cho, Natta Phadungsil, et al. Source-sink-redox coordination associated with anthocyanin accumulation and enhanced grain productivity in gamma-irradiated rice lines. Plant Science 2026-09-04. DOI: 10.1016/j.plantsci.2026.113420. 原著ライセンス:CC BY.