この研究は、エクアドル、アルゼンチンの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Foods

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

伝統的な「発酵でんぷん」を置き換える試み

ブラジルやコロンビア、エクアドルなど南米の一部の国では、「サワーキャッサバでんぷん」と呼ばれる材料がパンやビスケットに使われています。これは、すりつぶしたキャッサバの根から水でとり出したでんぷんを、水の中で15〜30日ほど自然に発酵させ、その後12〜48時間ほど天日で乾かしてつくるものです。この工程の間にでんぷんの粒の構造や結晶性が変化し、分子のつながりの長さも変わります。その結果、生地がふくらんでガスを保つ力が生まれ、膨張剤を加えなくてもグルテンを含まないパンをつくることができると、論文は説明しています。

ただし、この伝統的な製法は工程のばらつきが大きく、できあがるでんぷんの性質が一定になりません。論文は、パンの「比容積」(重さあたりの体積、ふくらみ具合を示す指標)などの性質が安定せず、工業的な生産が難しい点を課題として挙げています。そのため、発酵と天日乾燥が起こす構造の分解を人工的に再現しようとする研究がこれまで数多く行われてきました。化学的な酸化処理、乳酸による酸性化、オゾン処理、発酵スターターの利用、紫外線照射などです。

著者らが注目したのは、酵素を使う方法です。酵素による加工は、製品にも環境にも残留物が出にくい「グリーン」な代替手段として、より制御しやすいと位置づけられています。用いたアルファアミラーゼは、でんぷんを構成するアミロースとアミロペクチンの内部の結合を切る酵素で、その働きはカルシウムなどの金属イオンによって高まることが知られています。著者らの説明によれば、アルファアミラーゼには少なくとも一つのカルシウムイオン結合部位があり、これが酵素の構造を保って活性部位を安定させる役割を果たします。

この研究は、研究グループの段階的な研究の第二段階にあたります。先行研究で、アルファアミラーゼを1グラムあたり6単位加えた処理が良好な結果を示すことが確かめられていました。そこで本研究では、この酵素量に固定したうえで、乳酸カルシウムを加えることでさらに性能を高められるかを調べることが目的とされました。なお著者らは、今回の目的は発酵でんぷんとの同等性をあらためて示すことではなく酵素処理系の最適化にあるため、伝統的なサワーキャッサバでんぷんは実験に含めなかったと述べています。

何を、どのように調べたか

材料には、エクアドル国立農牧研究所から提供されたキャッサバでんぷん(INIAP Portoviejo 651という品種)が使われました。水分を調整したでんぷんの一部を熱湯で部分的に糊化させ、残りと混ぜ合わせたうえで、アルファアミラーゼ(でんぷん1グラムあたり6単位)と乳酸カルシウムを加えます。乳酸カルシウムの量は1グラムあたり0、3、6、9ミリグラムの4水準が設けられました。反応は37℃で20分間行われ、その後乾燥させています。論文では各条件を「6a+0CL」「6a+6CL」のように、酵素量と乳酸カルシウム量を組み合わせた記号で表しています。

加工したでんぷんについて、著者らは複数の角度から測定を行いました。赤外分光法(ATR-FTIR)では、特定の波数の吸収の強さの比から、でんぷんの分子が短い範囲でどれだけ秩序立って並んでいるかを調べています。示差走査熱量測定(DSC)では、リン脂質と複合体をつくる直鎖状の分子の量から「見かけのアミロース量」を推定しました。この二つは、でんぷんの構造の異なる階層をみる相補的な方法であり、同じものを測っているわけではないと論文は注意を促しています。さらに、加熱と冷却の間の粘度変化を測る装置(RVA)、生地の状態で加熱冷却時の抵抗を測る装置(Mixolab)が用いられました。

パンについては、生地を10グラムずつに分けて260℃で11分間焼き、翌日に比容積を測定しています。栄養面では、消化の速さで分けたでんぷんの割合、すなわち20分以内に消化される「速消化性でんぷん」、20〜120分の「緩消化性でんぷん」、4時間たっても消化されずに残る「難消化性でんぷん」を測り、あわせて試験管内の消化データから推定される血糖指数(eGI)を算出しました。

報告された主な結果

構造の面では、乳酸カルシウムの濃度が上がるにつれて、赤外分光で測った1014/994の吸収比が有意に低下し、6a+6CLで最も低い値になりました。著者らは、でんぷんの粒のうち秩序の低い部分のほうが酵素の攻撃を受けやすいため、この変化は結晶性そのものの絶対的な減少というより、秩序の低い領域と高い領域の相対的な寄与が入れ替わったことを反映しているとみています。DSCによる見かけのアミロース量は、乳酸カルシウムを加えない6a+0CLで16.51%と最も高く、6a+6CLでは8.61%と最も低くなりました。

粘度の測定では、乳酸カルシウムが0または3ミリグラムの試料が最も高い最高粘度を示し、6または9ミリグラムでは未加工のでんぷんより低くなりました。著者らはこれを、カルシウムによってアミラーゼの活性が高まり、でんぷんの分解が進んだ結果と解釈しています。冷却時に粘度が戻る度合い(セットバック、老化しやすさの目安)は6a+6CLで最も小さく、これはアミロース量が少ないことと対応していました。一方、生地の状態で測るMixolabでは、6a+6CLが糊化時のトルク(C3)で未加工でんぷんより30.4%高い値を示しました。RVAとMixolabの結果が一見食い違う点について、著者らは、前者は水が十分ある希薄な系を、後者は水が限られた生地の系をみており、測っている現象自体が異なるためだと説明しています。

パンの比容積は、アルファアミラーゼと乳酸カルシウムで処理したでんぷんを使うと明確に増加し、なかでも乳酸カルシウム6ミリグラムの条件が最も高い値となりました。最も低かったのは未加工のでんぷんです。逆に9ミリグラムまで増やすと比容積は大きく下がり、著者らはカルシウムが過剰になると粒のふくらみが妨げられ、焼成中のガス圧を支えきれない生地になったのではないかと述べています。Mixolabで最も高いC3を示した条件が、そのまま最も高い比容積につながっていた点が指摘されています。

消化性については、速消化性でんぷんが6a+9CLで最も高く、未加工でんぷんで最も低くなりました。難消化性でんぷんはすべての試料で100グラムあたり1グラム未満にとどまり、著者らは、処理間に統計的な差はあるものの、どのパンも全体としては消化されやすいままだと述べています。推定血糖指数は6a+3CLと6a+6CLで最も低く、6a+9CLが最も高い83.56でした。ただしこの値は試験管内の消化モデルから導かれたものであり、人での血糖応答を直接示す証拠ではなく、消化プロファイルの相対的な違いを示すものとして解釈すべきだと論文は明記しています。

この研究が示すこと

著者らは、アルファアミラーゼと乳酸カルシウムを組み合わせることが、伝統的なサワーキャッサバでんぷんの機能を模倣する有効な「グリーン」な方法になりうると結論づけています。特に、酵素6単位と乳酸カルシウム6ミリグラム(いずれもでんぷん1グラムあたり)の組み合わせが、構造を分解しすぎず、かといって不足もしない釣り合いのとれた条件として特定されました。

同時に、この条件を超えて乳酸カルシウムを9ミリグラムまで増やすと、性質が未加工のでんぷんに近い方へ戻り、パンのふくらみも損なわれました。つまり効果は「多いほどよい」ものではなく、閾値が存在するという点が、この研究から読み取れる重要な知見です。何日もの発酵と天日乾燥に頼ってきた材料づくりを、条件を数値で指定できる短時間の処理に置き換える道筋を、この研究は具体的なデータとともに示しています。

なお著者らは、酵素処理の間に反応液のpHを測定していないため、pH、イオン強度、イオン固有の作用それぞれがどの程度寄与したのかは今回のデータからは区別できないと断り、提示した仕組みはあくまで得られた証拠に支えられた妥当な解釈であって直接の実験的確認ではない、と述べています。

著者:Vanessa Abad-Quevedo(Department of Food Science and Biotechnology, Escuela Politécnica Nacional, Quito 170143, Ecuador)、María Jimena Correa(Centro de Investigación y Desarrollo en Ciencia y Tecnología de los Alimentos (CIDCA), Facultad de Ciencias Exactas, Universidad Nacional de La Plata, Comisión de Investigaciones Científicas de la Provincia de Buenos Aires (CIC), Consejo Nacional de Investigaciones Científicas y Técnicas (CONICET), 47 y 116, La Plata CP 1900, Argentina)、Fabiola Cornejo(Facultad de Ingeniería en Mecánica y Ciencias de la Producción, Escuela Superior Politécnica del Litoral (ESPOL), Campus Gustavo Galindo, Km 30.5 Vía Perimetral, Guayaquil 090902, Ecuador)、Pedro Maldonado‐Alvarado(Department of Food Science and Biotechnology, Escuela Politécnica Nacional, Quito 170143, Ecuador)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Vanessa Abad-Quevedo, María Jimena Correa, Fabiola Cornejo, et al. Alpha-Amylase-Modified Cassava Starch in the Presence of Calcium Lactate as a Sour Starch Substitute for Gluten-Free Breadmaking. Foods 2026-08-27. DOI: 10.3390/foods15173013. 原著ライセンス:CC BY.