高齢になると、認知症がなくても「何を食べたいか思い浮かばない」という状態に陥る人がいます。食欲の低下は低栄養やフレイル(心身の衰え)にもつながる問題ですが、臨床の現場で気軽に脳の働きを調べる方法がないことが、この分野の研究を難しくしてきました。今回、東洋大学の研究グループが、健康な若年成人を対象に、食べ物を見たり食べたりしているときの脳の反応を測定し、それが食の好みや性別とどう関係するのかを調べた研究をプロス・ワン誌に発表しました(2026年8月掲載予定)。
研究チームは、脳波計測などでおなじみの国際10-20法という基準にもとづき、額のあたり(前頭極)に近赤外光を当てるセンサーを装着し、機能的近赤外分光法(fNIRS)という手法で「内側/前頭極前頭前野(MFPR)」と呼ばれる領域の血液中の酸素化ヘモグロビン濃度の変化を記録しました。fMRI(機能的MRI)のように頭を完全に固定する必要がなく、食事のように体を動かす場面でも計測できる点がこの手法の強みです。
どんな実験が行われたのか
対象になったのは、摂食障害の既往がある1名を除いた68名の健常な若年成人(男性33名、平均21.6歳/女性35名、平均21.2歳)です。参加者は事前に、食べ物の好き嫌いや食事の頻度、季節の食材に関する知識などをアンケートで回答しました。
実験では、日本の家庭料理を想定した「対照食(施設などで提供されるような一般的な献立、9つの食品群を含む)」と、参加者自身が実験当日に自分で購入してきた「好みの食事」を、それぞれ別の日に食べてもらい、その間のMFPRの活動をfNIRSで記録しました。手順としては、20秒間の安静(基準)計測のあと、20秒間「見るだけ」の時間、続いて実際に「食べる」時間を設け、食べ始めてから最初の10分間のデータを2分ごとの区間に分けて解析しています。なお、対照食と好みの食事は、食品の種類や栄養バランス、量、見た目、温度などがそろえられておらず、この点は著者らも研究の限界として挙げています。
好きな食事とそうでない食事で脳の反応に違いが出た
「見るだけ」の段階ではMFPRの活動に対照食と好みの食事とで統計的な差は見られませんでした。ところが「食べる」段階に入ると、食べ始めてから9〜10分が経過した時間帯で、対照食のときの反応(平均0.095)が好みの食事のとき(平均0.042)よりも有意に高いという結果が示されました。研究チームは、あらかじめ選べない食事の方が、食べる過程の後半までMFPRの反応が続いた可能性があると解釈しています。
さらに、アンケート結果を主成分分析という手法で整理したうえで、食べているときのMFPRの活動と食の好みとの関連を調べたところ、いくつかの興味深い結果が得られました。食べ始めて3〜4分および9〜10分の時間帯で、「嫌いな食べ物の数」が多い人ほどMFPRの反応が強くなる傾向が見られたのです。また3〜4分の時間帯では、魚や野菜を好む傾向(アンケートから抽出された成分)が強い人ほど反応が大きいという関連も見られました。9〜10分の時間帯では、性別(女性であること)が反応の低下と関連していました。
加えて、参加者を「嫌いな食べ物がある人(46名)」と「特にない人(22名)」に分けて分析したところ、性別と季節の食材に関する知識の2つが、嫌いな食べ物の有無を説明する要因として選ばれました。他の要因を調整したうえで、女性は男性に比べて嫌いな食べ物を持つ可能性が約9.3倍高く、季節の食材についての知識が豊富な人ほど嫌いな食べ物を持つ可能性が低いという関連が示されています(このモデルは全体の分散の44.5%を説明し、87.0%のケースを正しく分類したとされています)。
この研究の位置づけと注意点
著者らは、この研究が高齢者を直接調べたものではなく、将来的に食欲の低下した高齢者を評価する手法を確立するための、若年成人を対象とした予備的・探索的な研究であると位置づけています。実際、月経周期を女性参加者の心理的負担を減らすために記録しなかったため、性別差の一部に月経周期の影響が混ざっている可能性は否定できないとしています。また、体動によるノイズを完全には除去できていない可能性がある点、対照食の量が一部の若い男性参加者には少なすぎた可能性がある点、血糖値の変化がMFPRの活動に影響した可能性がある点なども、著者ら自身が今後改善すべき課題として挙げています。fNIRSは脳の深い部分(腹内側前頭前野など)を測ることができず、得られる信号は複数の脳機能が混ざったものである点にも注意が必要だとされています。
研究チームは今後、対象年齢を40歳前後の中年層や食欲低下のない60歳代の高齢者へと段階的に広げ、最終的に食欲低下がみられる80歳以上の高齢者を対象とすることを見据えているとしています。ただし、これはあくまで一つの探索的研究であり、fNIRSによる脳活動の計測が食の好みや食欲を判定する確立した方法になったと結論づけるものではありません。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Yusuke Takatsuru, Yuka Sekine, Hideyasu Sato, et al. Food preference and gender are associated with medial/frontopolar prefrontal regions functional near-infrared spectroscopy responses during eating: An exploratory study in young adults. プロス・ワン (2026). DOI: 10.1371/journal.pone.0343481. 原著ライセンス: cc-by.