この研究は、中国、イギリスの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Food biomacromolecules.
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜこの研究が行われたのか
食べ物や飲み物を口から胃へ送り込む働きがうまくいかなくなる状態を嚥下障害といいます。著者らは、嚥下障害が高齢者に多く、食事量の減少や生活の質の低下につながると説明しています。論文によれば、65歳を超える人の30〜40%が何らかの程度の嚥下障害を経験すると報告されています。
研究チームが特に問題として挙げているのは、カルシウム不足です。ナッツ類、乳製品、緑の葉物野菜といったカルシウムの多い食品は飲み込みにくいため避けられがちで、嚥下障害とカルシウム不足が重なりやすいというのが著者らの指摘です。そこで、安全に飲み込める性質とカルシウム補給の両方を兼ね備えた食品のかたちが求められている、というのがこの研究の出発点になっています。
著者らが着目したのが、ふだん捨てられている卵の殻です。卵殻を砕いた粉(卵殻粉)は主成分が炭酸カルシウムで、天然由来のカルシウム源とされています。この卵殻粉を、豆腐柴(Premna microphylla Turcz.)の葉から取り出した多糖とリョクトウでんぷんでつくるゲルに加え、嚥下障害に向けた「食塊」(口の中でまとめられ、飲み込まれるひとかたまりの食べ物)をつくることが、この研究の目的とされています。
何をどう調べたか
研究チームはまず、リョクトウでんぷんと豆腐柴多糖を混ぜた土台に、卵殻粉を0.1%、0.3%、0.5%と量を変えて加えた複合ゲルを用意しました。比較のため、多糖だけを加えたもの、卵殻粉だけを加えたもの、どちらも加えないでんぷんだけのものも作っています。
調べた項目は幅広く、加熱・冷却したときの粘り方の変化、ずり(かきまぜるような力)をかけたときの粘度の変わり方、ゲルのかたさや弾力といった食感、色の違い、粒子の大きさの分布などです。あわせて、赤外分光法とX線回折という方法で分子どうしの結びつき方や結晶構造を調べ、電子顕微鏡でゲル内部の細かな構造を観察しています。
さらに著者らは、実際の食品に近づけた食塊も作りました。リョクトウでんぷんを炭水化物源、ホエイタンパク質を良質なタンパク質源、エゴマ油を脂質源とし、そこに卵殻粉0.3%と、豆腐柴多糖を0%から0.4%まで量を変えて加えています。できあがった食塊は、国際的な嚥下調整食の分類であるIDDSIの枠組みに沿って、フォークの上での流れ方や、親指で押したときの変形のしかたから段階を判定しました。
報告された主な結果
著者らの報告によれば、豆腐柴多糖だけ、あるいは卵殻粉だけを加えてもでんぷんの粘度はほとんど変わりませんでした。ところが両方を同時に加えると粘度が大きく上がり、その度合いは卵殻粉の量が多いほど強くなりました。弾力を表す貯蔵弾性率と、粘りを表す損失弾性率も同じように上昇しています。すべての試料で貯蔵弾性率が損失弾性率を上回っており、著者らはこれを、弾力的な性質が優勢なゲルであることを示すものとしています。
赤外分光法とX線回折の結果からは、新しい化学結合(共有結合)が生まれた形跡はなく、水素結合や静電気的な引き合いといった、分子どうしがゆるく結びつく非共有結合的な相互作用が変化の主な要因だと報告されています。X線回折では、卵殻粉を加えると炭酸カルシウムに由来するピークが現れ、その主成分がカルサイトという結晶形の炭酸カルシウムであることが確かめられました。電子顕微鏡では、でんぷんだけのゲルがハチの巣のような規則正しい多孔構造をもつのに対し、卵殻粉を加えるとしわが寄り、孔の並びが不規則になる様子が観察されています。卵殻粉の量が増えるほど構造の不ぞろいが進み、これは粒子径が大きくなったことや、まとまりやすさ・弾力が下がったことと一致していたと著者らは述べています。
食塊については、調べたすべての試料がIDDSIのレベル6〜7に分類されました。これは、親指の爪が白くなるほどの力をかけるとつぶれて形が変わり、力を抜いても元に戻らない性質の食品にあたる段階です。また豆腐柴多糖の量を変えることで、かたさは298.55±15.74から383.59±38.60、弾力(スプリンギネス)は0.97±0.01から1.28±0.60の範囲で変化しました。多糖を0.1%だけ加えた場合は、かみごたえが181.87±13.74から66.55±9.57へ、まとまりやすさが0.63±0.03から0.49±0.02へといったん下がり、そこから多糖を増やすとこれらの値が再び上がっていくという変化が報告されています。著者らは、分類そのものは変わらなくても、多糖の量によって食感を段階的に調整できたと説明しています。
この研究が示すこと
この研究が伝えているのは、捨てられていた卵の殻を、飲み込みやすさを考えた食品のなかでカルシウム源として使える可能性です。著者らの報告では、卵殻粉を加えることでゲルの粘りやかたさが変わり、その変化は加える量で調整できました。さらに豆腐柴多糖の量を変えることで、食塊のかたさやかみごたえを細かく動かせることも示されています。
今回つくられた食塊はいずれもIDDSIのレベル6〜7にあたり、著者らはこれを、かむ力はある程度保たれているものの、食感の抵抗が少ない食品を必要とする人に向きうるものと位置づけています。カルシウムを補いながら飲み込みやすさも整えた食品を設計するうえでの土台となる知見だ、というのが著者らの結論です。
著者:Weidong Zhang(State Key Laboratory of Food Science and Resources Nanchang University Nanchang China)、Liyuan Rong(State Key Laboratory of Food Science and Resources Nanchang University Nanchang China)、Weiqi Fei(State Key Laboratory of Food Science and Resources Nanchang University Nanchang China)、Jiaruo Hu(Faculty of Environment University of Leeds Leeds UK)、Huiliang Wen(State Key Laboratory of Food Science and Resources Nanchang University Nanchang China)、Jianhua Xie(State Key Laboratory of Food Science and Resources Nanchang University Nanchang China)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Weidong Zhang, Liyuan Rong, Weiqi Fei, et al. Eggshell powder as a calcium source in Premna microphylla Turcz. polysaccharide–mung bean starch gels: Toward dysphagia‐friendly food boluses. Food biomacromolecules. 2026-09-03. DOI: 10.1002/fob2.70091. 原著ライセンス:CC BY.