この研究は、ロシア、フランスの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Life

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

何を明らかにしようとした研究か

肥満や糖尿病の広がりを背景に、腸内細菌のバランスを整える手段として、プロバイオティクス(健康によい働きが期待される生きた微生物)への関心が高まっています。その一つが Hafnia alvei(ハフニア・アルベイ)HA4597 という細菌株で、一部のソフトチーズの製造にも使われ、健康な人の腸内にも存在します。この菌は ClpB というタンパク質をつくり、これが食欲を抑えるホルモンに似た働きをすることから、体重や食欲の調節に関わるプロバイオティクスとして位置づけられてきました。

著者らが注目したのは、この菌の作用が食欲の調節にとどまらないのではないか、という点です。腸そのものの消化機能や防御機能にも影響しているのかどうかは、これまで明らかにされていませんでした。そこで研究チームは、健康なマウスを用いて、生きた菌とその総タンパク質抽出物が腸の構造と、腸の細胞表面にある消化酵素の働きにどう影響するかを調べました。

どのように調べたか

研究チームは健康な雄マウスを3群に分け、16日間にわたって毎日1回、胃までチューブで投与を行いました。対照群には生理食塩水を、タンパク質抽出物群には H. alvei のタンパク質5マイクログラムを、菌懸濁液群には生きた H. alvei を投与しています。

測定の中心となったのは、腸の細胞表面(刷子縁と呼ばれる微細な突起の並び)にある消化酵素の活性です。炭水化物を分解するグルコアミラーゼとマルターゼ、タンパク質を分解するアミノペプチダーゼN(APN)、脂肪の吸収などに関わるアルカリホスファターゼ(ALP)の4種類を、腸を5つの区間に分けて調べました。あわせて、腸の粘膜の形態(絨毛の高さ、粘液をつくる杯細胞やリンパ球の数)を顕微鏡で観察し、電子顕微鏡で大腸の細胞表面に菌が存在するかどうかも確認しています。

報告された主な結果

最も一貫した変化はアルカリホスファターゼ(ALP)に見られました。空腸遠位部の粘膜では、タンパク質抽出物群で対照群の62%増、生菌懸濁液群では2.2倍に活性が上昇したと報告されています。腸の内容物(糜粥)でも、空腸遠位部で両群とも対照群の約4倍に達し、十二指腸でも生菌群で2倍になりました。ALPは食物の分解に関わるだけでなく、細菌由来の毒素を無害化したり、脂肪の吸収に関わったりする酵素だと著者らは説明しています。

一方で、変化しなかった酵素もありました。マルターゼとアミノペプチダーゼNの活性は、どちらの投与でも腸のどの区間でも対照群と変わりませんでした。グルコアミラーゼについては、タンパク質抽出物群でのみ回腸粘膜の活性が対照群より60%高くなっています。つまり、消化酵素すべてが一律に動くのではなく、選択的に一部の酵素が活性化されたことになります。

腸の防御に関わる細胞にも変化がありました。タンパク質抽出物群では空腸の絨毛で粘液をつくる杯細胞が増える傾向が見られ、回腸の上皮内リンパ球は生菌群で2.3倍に増加しました。絨毛の高さや細胞数そのものには群間の差はありませんでした。電子顕微鏡では、生菌を投与したマウスの大腸細胞の表面近くに H. alvei と見られる細菌が多数観察されたのに対し、対照群ではほとんど検出できなかったと報告されています。

著者らはさらに、全群のデータを合わせて空腸遠位部のALP活性と体内の脂肪量との関係を調べ、内臓脂肪量との間に負の相関(相関係数 R = −0.767)、総脂肪量との間にも負の相関(R = −0.826)があったと報告しました。これは関連の観察であり、因果関係を示したものではありません。

この研究が示すこと

著者らは、生きた H. alvei とそのタンパク質抽出物のどちらを投与しても、腸は似た反応を示したと結論づけています。特に注目されるのは、菌の膜成分を含まないタンパク質抽出物だけでもALPが上昇した点です。投与量は1日5マイクログラムと、マウスの1日の食事量の約100万分の1にすぎず、栄養としての作用では説明がつかないため、何らかの調節性タンパク質による作用ではないかと著者らは考察しています。

つまりこの菌は、これまで知られてきた食欲の調節という経路とは別に、腸の消化酵素と防御のしくみにも選択的に働きかけている可能性がある、というのが本研究の示す内容です。ただし著者らは、これが健康なマウスを対象とした動物実験であり、標本数も比較的小さいことを限界として明記しています。結果の解釈はこの実験の枠内にとどめる必要があります。

著者:Anastasiya L. Katargina(Pavlov Institute of Physiology, Russian Academy of Sciences, 199034 Saint-Petersburg, Russia)、Lyudmila V. Gromova(Pavlov Institute of Physiology, Russian Academy of Sciences, 199034 Saint-Petersburg, Russia)、Alexander S. Polozov(Sechenov Institute of Evolutionary Physiology and Biochemistry, Russian Academy of Sciences, 194223 Saint-Petersburg, Russia)、Nadezhda M. Grefner(Institute of Experimental Medicine, 197376 Saint-Petersburg, Russia)、Vasiliy A. Zolotarev(Pavlov Institute of Physiology, Russian Academy of Sciences, 199034 Saint-Petersburg, Russia)、Julia V. Dmitrieva(Pavlov Institute of Physiology, Russian Academy of Sciences, 199034 Saint-Petersburg, Russia)、Catherine A. Lukina(Pavlov Institute of Physiology, Russian Academy of Sciences, 199034 Saint-Petersburg, Russia)、Elena Andreevna Vershinina(Pavlov Institute of Physiology, Russian Academy of Sciences, 199034 Saint-Petersburg, Russia)、Alexander N. Suvorov(Institute of Experimental Medicine, 197376 Saint-Petersburg, Russia)、Nina S. Pestereva(Institute of Experimental Medicine, 197376 Saint-Petersburg, Russia)、Sergueı̈ O. Fetissov(Neuroendocrine, Endocrine and Germinal Differentiation and Communication Laboratory, Inserm UMR1239, University of Rouen Normandie, 76130 Mont-Saint-Aignan, France)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Anastasiya L. Katargina, Lyudmila V. Gromova, Alexander S. Polozov, et al. The Probiotic Strain Hafnia Alvei HA4597 and Its Protein Extract Selectively Activate Membrane Digestive Enzymes of Intestinal Cells in Mice. Life 2026-08-30. DOI: 10.3390/life16091445. 原著ライセンス:CC BY.