この研究は、アメリカの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Metabolites
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ「母親の食事」と「ビタミンD」を結びつけて考えるのか
この論文は、Texas State大学の研究者ら(Rachel Rousseau、Chin May Teoh、Gar Yee Koh)による総説(レビュー論文)です。新しい実験を行ったものではなく、これまでに発表された研究を集めて整理し、どこまでが分かっていて、どこが未解明なのかを示すことを目的としています。
出発点になるのは「DOHaD(健康と疾病の発生起源)」という考え方です。著者らの説明によれば、これは妊娠期や生後まもない時期といった発達の重要な時期に受けた環境の影響が、生涯にわたる病気のかかりやすさを形づくりうる、という枠組みです。母親の栄養状態は、胎児が育つ代謝・炎症・栄養の環境をつくる要素として、この枠組みの中で特に重要だと位置づけられています。
そのうえで著者らが注目するのが、いわゆる「西洋型食事パターン(Western diet、以下WD)」です。これは論文中で、エネルギー密度が高く、飽和脂肪・精製された炭水化物・添加糖・超加工食品の摂取が多い食事として定義されています。著者らは、こうした食事が代謝や炎症の乱れと関連しており、それが胎児の発達に影響しうると述べています。
もう一方の主役がビタミンD(VD)です。ビタミンDは骨やカルシウムの調節で知られますが、著者らは、ビタミンD受容体(VDR)を介して遺伝子の働きを調節することで、免疫の調節、細胞の分化、代謝の恒常性にも関わる点を重視しています。この総説は、母親のWDや高脂肪食への曝露が、発達期のビタミンD調節を乱す可能性について、既存の知見を検討したものです。
総説が整理した主な報告
著者らはまず、母親の食事や代謝の状態が子の発達に及ぼす影響について報告されてきた知見をまとめています。人を対象とした研究では、妊娠中のWDや、超加工食品に富む食事パターンへの傾きが、過度の妊娠中体重増加や妊娠糖尿病(GDM)のリスクの高さと関連することが報告されてきました。たとえば21件の前向きコホート研究(延べ191,589人の女性)を統合したメタ分析では、ファストフードや赤身肉・加工肉といったWD的な食品とGDMリスクの高さとの関連が示されたと紹介されています。ここで示されているのは関連であって、因果関係が確定したという報告ではありません。
動物実験のモデルでは、母親の高脂肪食曝露が、胎盤の炎症関連シグナルや血管の発達、栄養素の輸送に関わる分子の発現に違いをもたらすこと、また子の肝臓における代謝調節遺伝子の働きやDNAメチル化に、成体になっても残る違いが生じることが報告されています。こうした影響はオス・メスで異なって現れることもあり、どの経路が影響を受けるかは、調べる組織や発達段階、生後の食事によって異なると著者らは整理しています。
ビタミンDについては、肥満や高脂肪食への曝露が、その調節を複数の段階で乱しうるという知見が集められています。著者らが挙げる第一の段階は「分布」です。ビタミンDは脂溶性のため、脂肪組織が増えるとそちらに多く分配され、血中に残る割合が減る可能性があります。実際、高脂肪食を与えたマウスでは、ビタミンDをより多く摂取していたにもかかわらず血中25(OH)D濃度が低く、一方で肝臓や脂肪組織へのビタミンD3の蓄積が多かったと報告されています。人でも、肥満のある女性で妊娠初期のビタミンD状態が低いという報告や、妊娠後期の母親の25(OH)D濃度が同程度でも肥満のある母親から生まれた新生児の臍帯血25(OH)D濃度が低かったという報告が紹介されています。
第二の段階は「代謝・活性化」です。肝臓でビタミンDを25(OH)Dに変換する主要な酵素CYP2R1について、高脂肪食で肥満にしたマウスでは、その遺伝子発現が強く抑えられ、タンパク質量も最大69%減少していたと報告されています。また、非ヒト霊長類(ヒヒ)の肥満モデルでは、胎盤におけるLRP2(メガリン)、CYP27B1、VDRの発現の低下などが観察されており、母体と胎児をつなぐ場でのビタミンD調節にも変化が及びうることが示されています。
第三の段階は「反応性」、つまり細胞がビタミンDに応答する力です。肥満やWDに伴う慢性的な軽度の炎症や酸化ストレスが、この段階に関わりうると著者らは述べています。培養したヒト脂肪細胞では、活性型ビタミンDがIL-6やレプチンの発現を抑えましたが、VDRをノックダウンするとその抑制効果は失われ、VDRを介した作用であることが裏づけられました。
さらに著者らは、母親のビタミンD不足(VDD)そのものの影響を調べた研究も別枠として紹介しています。これらはWDによるビタミンD調節の乱れを再現したものではなく、母体のビタミンD供給を減らした場合に発達上どうなるかを示すものだと明確に区別されています。たとえばラットでは、母親のVDD曝露を受けた子は出生体重に差がなかったものの、生後10週ごろから体重が重くなり、脂肪組織量や血中脂質、血糖のピーク値に違いが現れたと報告されています。出生時には差がなく後から現れるというこの経過は、DOHaDの枠組みと合致するものだと著者らは述べています。
分かっていないことと、この総説が示す意味
著者らが繰り返し強調するのは、証拠の「限界」です。血中の25(OH)D濃度はビタミンD状態を示す臨床上の主要な指標ですが、実際にビタミンDが働くには、組織への行き渡り方、酵素による代謝、そしてVDRを介した応答性のすべてが必要です。したがって、血中濃度だけでは、母体の代謝ストレスが発達期のビタミンD生物学に及ぼす影響を十分にはとらえられない可能性がある、というのが著者らの整理です。
そのうえで著者らは、母親のWD曝露が子の個々の組織におけるビタミンD調節の変化に直接結びつくことを示した証拠は、現時点では限られていると明言しています。肥満や高脂肪食のモデルは、代謝の乱れがビタミンD調節に影響しうる仕組みを示すものの、同じ変化が妊娠中の食事曝露で起こり、子に持続するとまでは示していません。母親のWD曝露が、子のビタミンD調節に組織ごとの持続的な変化を生むのか、またそれが炎症の乱れと同時に起こるのかは、未解明のままだとされています。
この空白を埋めることが重要な理由として、著者らはVDRやビタミンD代謝酵素の発現が組織ごとに異なる点を挙げています。組織によって備えが違えば、母体の代謝ストレスに対する応答も違ってくる可能性があるからです。母親の食事という一つの環境要因が、胎盤・代謝・炎症・エピジェネティックな調節といった複数の経路を通じて子に届きうること、そしてビタミンDという栄養素を「足りているかどうか」だけでなく「どう働いているか」という視点で捉え直す必要があること——この総説が読者に伝えているのは、その見取り図と、そこに残された問いの所在です。
著者:Rachel Rousseau(School of Family and Consumer Sciences, Texas State University, 601 University Drive, San Marcos, TX 78666, USA)、Chin May Teoh(School of Family and Consumer Sciences, Texas State University, 601 University Drive, San Marcos, TX 78666, USA)、Gar Yee Koh(School of Family and Consumer Sciences, Texas State University, 601 University Drive, San Marcos, TX 78666, USA)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Rachel Rousseau, Chin May Teoh, Gar Yee Koh. Beyond Vitamin D Deficiency: Maternal Diet, Metabolic Dysfunction, and Vitamin D Signaling in Developmental Programming. Metabolites 2026-09-28. DOI: 10.3390/metabo16100722. 原著ライセンス:CC BY.