著者の所属・活動拠点の国は、インドです。
掲載誌:Zenodo (CERN European Organization for Nuclear Research)
ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: DataCite
研究の目的
著者らは、スリティ・ウムリガルの小説『If Today Be Sweet』を取り上げ、故郷を離れて暮らす人の記憶や、自分がどの文化に属するかという感覚を、食がどのように支えているかを考察しました。中心となるのは、夫の死後、ムンバイから米国へ移ったパールシーの女性テミナです。
論文が特に注目したのは、食と場所の結び付きです。料理を作る、食材を買う、家族と食卓を囲むといった日常の行為が、故郷の風景や人間関係を呼び起こし、新しい土地での暮らしとどうつながるのかを明らかにしようとしました。
何を、どのように調べたか
研究対象はこの小説1作品で、登場人物を実際に調査した研究ではなく、作中の場面や言葉を読み解く文学研究です。著者らは、パールシーの伝承、家族の食事、市場での買い物、食材の置き換え、客へのもてなしなどを取り上げ、テミナが思い出すムンバイと、米国で経験する生活との関係を分析しました。
分析の手掛かりには、文化理論家ホミ・バーバの「文化的混成性」と「第三の空間」という考え方を用いました。これは、故郷と移住先の文化を二者択一で捉えるのではなく、両者が出会うなかで新しい意味や帰属の形が生まれると考えるものです。また著者らは、食を通して場所、記憶、感情、人間関係のつながりをたどる読み方を「食の地図作り」と位置付けました。
主な報告結果
著者らは、作中の食が、故郷を思い出させるだけでなく、米国で文化を受け継ぎながら変えていく営みとして描かれていると論じました。その具体例が、パールシーの婚礼料理に使うバナナの葉を入手できず、代わりに調理用の紙で魚を包む場面です。論文は、料理としての文化的な意味を保ちながら、移住先の条件に合わせて形を変える例と解釈しています。
家族の食卓にも、異なる文化の共存が表れていると著者らは指摘しました。クリスマスの朝、米国生まれの孫がパンケーキを望む一方、テミナの息子は母の作るサフラン入りのラヴァを求めます。論文はこの場面を、米国の生活に参加することと、パールシー・インドの食の伝統を大切にすることが、同じ家庭のなかで両立する描写として読み解きました。
市場の描写では、味や音、混雑といった感覚が、場所への親しみを生むと論じています。テミナにとって米国のスーパーマーケットは、整っていてもムンバイの市場とは異なる場所です。一方、にぎやかなファーマーズマーケットは故郷の買い物を思い起こさせます。著者らは、米国にある場所が、記憶を通してムンバイと重なり合う場面だと解釈しました。
もてなし方の違いも分析されています。相手に尋ねず皿に料理を盛る行為を、ある人物は失礼だと受け止め、テミナは温かい心遣いだと感じます。論文は、食事の作法の意味が一様ではなく、人物の経験や人間関係によって異なることを示す場面として扱いました。
この報告が示すこと
著者らの結論は、この小説における文化の継承は、昔の暮らしをそのまま再現することでも、移住先の文化に全面的に同化することでもない、というものです。食べ物に結び付いた記憶を現在の暮らしのなかで生かすことで、登場人物は新しい土地にも自分の居場所を作っていきます。論文はその過程を、故郷とのつながりを保ちながら、変化を通じて伝統を受け継ぐ姿として読み解いています。
原著論文の著者・所属:Ms Rudach Laxmiben Ransurbhai(PhD Scholar (USLM), Karnavati University, Gandhinagar, Gujarat, India)、Dr. Shikha Thakur(Associate Professor, Department of English, Karnavati University Gandhinagar, Gujarat, India)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Ms Rudach Laxmiben Ransurbhai, Dr. Shikha Thakur. Mapping Diasporic Identity through Culinary Practices: Parsi Cuisines and Cultural Cartographies in Umrigar's If Today Be Sweet. Zenodo (CERN European Organization for Nuclear Research) 2026-10-01. DOI: 10.5281/zenodo.23862475. 原著ライセンス:CC BY.