乳児用調製粉乳や母乳バンクで扱われる加熱処理済みのドナーヒトミルクには、赤ちゃんの健康にとって欠かせない抗酸化物質であるアスコルビン酸(ビタミンC)が含まれています。ところが、この物質の量を正確に測定することは、実は簡単ではありません。ミルクという成分の込み入った液体の中では測定の妨げとなる要因が多く、しかもアスコルビン酸自体が壊れやすい性質を持つため、測定条件を整えるのが難しいのです。さらに、比較の基準として使う『何も含まない同じ組成の液体(ブランクマトリックス)』を用意することも容易ではありません。今回紹介する研究は、こうした技術的な壁を乗り越えるために、質量分析を用いた新しい測定方法を開発したものです。
研究チームは、アメリカ・ネブラスカ大学医療センターの薬学部や小児科医学部門などに所属する研究者らで構成されています。開発されたのはLC-MS/MS(液体クロマトグラフィー・タンデム質量分析)という手法を用いた分析方法で、特徴はわずか20マイクロリットルというごく少量のサンプルだけで測定できる点、そして『標準添加法』と呼ばれる従来手間のかかる補正操作を行わずに済む点にあります。この方法では、抽出の工程を工夫することでミルクの成分による測定への干渉(マトリックス効果)を大幅に減らすことに成功したと報告されています。
測定方法の性能はどう確かめられたのか
この分析法の信頼性は複数の指標で検証されました。検量線の直線性は決定係数R²が0.99を上回り、測定のばらつきを示す変動係数(CV)は15%未満、正確さは真の値に対して±10%以内、検出できる最小濃度(検出限界)は0.0375マイクログラム/ミリリットル未満という結果が示されています。また、測定に使う標準溶液についても、原液はマイナス20℃、実際に使う調製溶液はマイナス80℃で保存すれば数か月間安定していることが確認され、これにより測定のたびに溶液を新しく調製する手間を省けるとされています。
方法の妥当性は、認証された乳児用調製粉乳の標準物質を用いた外部検証によっても確かめられ、さらに市販されている実際のサンプルにも適用されました。同じサンプルを日を改めて再分析した際の結果のばらつき(インカードサンプル再分析)も20%未満に収まったと報告されています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究は、乳児用調製粉乳や加熱処理されたドナーヒトミルク中のアスコルビン酸を、実務の現場で日常的かつ簡便に測定するための分析ツールを示したものであり、赤ちゃんへの健康効果そのものを検証した研究ではありません。あくまで『測る技術』を確立し検証した基礎的な研究である点に留意が必要です。論文の要旨では、この手法が調製粉乳やヒトミルク以外の他のマトリックス(検体の種類)にも応用できる可能性があるとも述べられていますが、これはあくまで今後の展開の可能性として言及されているものです。
なお、今回提供された情報の範囲では、日本の研究機関や日本の食品・生産事情に関する直接の言及は見当たりませんでした。
まとめ
今回の研究は、乳児用調製粉乳や加熱処理された母乳中のビタミンC(アスコルビン酸)を、少量のサンプルで、安定的かつ精度よく測定できる新しい分析手法を開発し、検証したものです。分析の正確さやばらつきの少なさ、標準溶液の保存安定性などが確認されており、今後、乳児栄養に関する品質管理や研究の現場で活用されうる基盤technique(手法)として位置づけられます。ただしこれは一つの分析手法の開発・検証研究であり、乳児の健康への効果を直接示したものではない点には留意してください。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Omar M Al Kilani, Lee C. Winchester, Melissa Thoene, et al. Robust LC–MS/MS method for quantification of ascorbic acid in infant formula and heat-processed donor human milk: A stabilization and matrix effects mitigation approach. 食品成分分析ジャーナル (2026). DOI: 10.1016/j.jfca.2026.109452. 原著ライセンス: cc-by-nc-nd.