軍隊の兵士に配られる「戦闘糧食」は、自分で食べるものを選べない状況で栄養をまかなう、いわば究極の「決められた食事」です。学校給食や病院食のように献立を自由に選べない仕組みでは、提供される食事の設計そのものが栄養状態を決めてしまいます。では、世界各国の軍隊はこの戦闘糧食の栄養成分をどれだけ公開し、その中身は栄養学的に十分なのでしょうか。モルドバ工科大学(Technical University of Moldova)食品技術学部の研究者らが、69カ国を対象にこの問いを検証した論文をニュートリエンツ誌に2026年8月に発表予定です。

69カ国を7段階の方法で調べ、公開データがあったのはわずか8カ国

研究チームは、NATO加盟国(1999年以前からの加盟16カ国、1999年以降の加盟16カ国)、BRICS(5カ国)、中東(9カ国)、アジア太平洋(8カ国)、アフリカ(3カ国)、中南米(3カ国)など、69カ国を10の地域グループに分けました。各国について、医学論文データベース(PubMed/MEDLINE)、軍事医学専門誌、ロシアのCyberLeninkaや日本のJ-STAGE、韓国のRISS、中国のCNKIといった各国語の学術データベース、各国の国防省の公式サイト、NATOの規格文書(STANAG 2937など)、MREInfo.comのような専門サイト、学位論文データベースまで、7段階にわたる系統的な検索を行いました。

研究でわかったこと:データの偏りとビタミンD不足

その結果、栄養素ごとの詳しい成分(13種類の栄養素についてDRI=食事摂取基準に対する充足率を算出できるだけの情報)が公開されていたのは、69カ国のうちわずか8カ国(11.6%)にとどまりました。内訳はアメリカ、イギリス、カナダ、フランス、イタリア、ドイツという1999年以前からのNATO加盟6カ国と、非NATOのオーストラリア、パキスタンです。逆に、紛争終結後の国では公開データが「まったくない」割合が80.0%(10カ国中8カ国)にのぼり、紛争が続く国(46.2%)や平時の国(23.9%)よりも高いという、直感に反する結果も示されました。アフリカ3カ国と南コーカサス2カ国は、いずれも公開データがゼロでした。

データが揃っていた8カ国について、13種類の栄養素の摂取基準充足率の平均(MAR)を計算したところ、75.78%(ドイツ)から91.73%(アメリカ)まで分布し、平均は85.53%でした。注目すべきは、8カ国すべてに共通してビタミンDが基準を大きく下回っていた点です。充足率はパキスタンの2.9%(17.62国際単位)からアメリカの30.0%(180国際単位)まで幅がありましたが、いずれも「著しく不足」とされる70%未満のラインを下回っていました。論文では、この背景として、従来の糧食設計が日光を浴びることによる皮膚でのビタミンD合成を暗黙のうちにあてにしてきた可能性が指摘されています。ただし、緯度の高い地域(北緯40度以上)では年に4~6カ月は紫外線量が不足する時期があるほか、日照の豊富な中東や北アフリカでも、屋内勤務や個人差によりビタミンD不足が報告されている地域があるとされ、日光頼みの設計には限界があることがうかがえます。実際、比較的日照に恵まれるパキスタンの糧食でもビタミンDが著しく少ない結果となりました。

さらに興味深いのは、パキスタンの糧食は栄養素全体の平均充足率(MAR)が90.29%と高い一方で、ビタミンDだけが極端に少ないという「見かけの高評価」と「特定栄養素の深刻な不足」が同居していた点です。研究チームはこれを、平均点だけを見る評価方法では単一栄養素の深刻な欠陥が覆い隠されてしまう例として挙げています。また、食品の種類の豊富さ(穀類、肉・魚、乳製品、野菜、果物、油脂など7つの食品グループのうち何種類を含むか)と栄養充足度の関係も調べられましたが、両者の相関はほとんど見られませんでした(相関係数r=-0.042)。8カ国中7カ国が7グループすべてを含む「満点」の多様性でありながら、ビタミンDなどの不足を抱えていたためです。これは、品目の種類が豊富でも、栄養素が十分に満たされているとは限らないことを示す結果だといえます。

この研究の位置づけと読むうえでの注意

この研究が扱っているのは、実際に兵士が食べた量ではなく、公式文書などに記載された「計画上の」糧食の栄養成分であるという点に注意が必要です。供給状況や個人の好み、食べ残しなどによって実際の摂取量は変わり得るため、この結果がそのまま兵士個人の栄養状態を示すわけではありません。また、著者らは、データが8カ国に集中していた理由について、各国の栄養が実際に劣っているというより、アメリカのUSARIEM、イギリスのDSTL、カナダのDRDCといった軍事栄養研究機関の有無など、研究体制の違いを反映している可能性が高いと述べています。加えて、データが公開されていた8カ国のうち7カ国で、根拠となる文献が2016年より前のものであった点も限界として挙げられており、現在使われている糧食の実際の成分とは異なる可能性があります。パキスタンの糧食仕様にいたっては1959年に定められたものが基準になっており、2022年の見直しまで60年以上見直しがなかったことも報告されています。この論文で言及されている国や地域に日本は含まれておらず、日本の糧食データについての言及もありません。

この研究は、世界の軍用糧食に関する公開データが非常に限られていること、そして限られたデータの中でもビタミンD不足という共通の課題が見えてきたことを示すものです。ただし、対象は69カ国のうち情報が得られた一部にとどまり、平均点だけでは見えない栄養の偏りがあることも合わせて示されています。一つの研究であり、ここから軍隊全体の栄養状態について断定的な結論を導けるものではない点に留意して読む必要があります。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Rodica Siminiuc, Dinu Țurcanu. Mapping Data Availability and Assessing Nutritional Adequacy in Standardised Institutional Feeding: A Cross-National Analysis of Military Operational Rations from 69 Countries. ニュートリエンツ (2026). DOI: 10.3390/nu18162647. 原著ライセンス: cc-by.