この研究は、バングラデシュの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Food Science & Nutrition

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

なぜ乾燥魚のDDTが調べられたのか

バングラデシュでは「シュトキ」と呼ばれる天日干しの乾燥魚が広く食べられており、低所得層にとって手頃なたんぱく源であると同時に、輸出産業としても定着しています。研究チームによれば、2023〜24会計年度の乾燥魚輸出額はおよそ540万米ドルに達しました。一方で、高温多湿の環境や乾燥・保管が不十分な条件は虫害を招きやすく、防虫目的で有機塩素系農薬のDDTが違法に使われているのではないかという懸念が消費者の間に根強くあります。DDTは同国で1997年に使用が禁止されていますが、販売店が「DDTフリー」と掲げた貼り紙を出すほど不安が広がっている、と著者らは述べています。

DDTは環境中で分解されにくく、報告によれば半減期は4〜30年に及び、時間の経過とともにDDE、DDDという主要な代謝物(体内や環境中で分解されてできる物質)に変化します。脂に溶けやすい性質から魚の脂肪組織に蓄積しやすく、たとえ使用が止まっても過去に散布された分が残留しうる、という背景が説明されています。過去のバングラデシュの調査は検体数が少なかったり特定の地域に限られたり、親化合物であるDDTの測定に重点が置かれていたりしたため、著者らは全国規模でDDTと主要代謝物をあわせて調べ、汚染の経路と食べることによる健康リスクを評価することを研究の目的に掲げました。

全国44地点、96検体をどう調べたか

調査対象となったのは、国内で特によく流通している海産乾燥魚2種、ハルパドン・ネヘレウス(現地名ロイッタ)とタチウオ(同チュリ)です。研究チームは全国8行政管区・32県にまたがる44地点の市場から、両種を同数ずつ、計96検体(各48検体)を購入しました。首都で最大の消費地であるダッカからは16検体、乾燥魚の生産・取引の拠点であるチョットグラムからは6検体というように、流通量の多い地域からは多めに採取しています。採取時期は2022年と2023年のモンスーン期(5月下旬〜9月)で、生鮮魚が手に入りにくく乾燥魚の需要が高まる時期であること、湿度と降雨で虫害の危険が増し防虫目的の薬剤使用が起こりやすい時期であることが理由として挙げられています。年ごとの時期をそろえることで季節差の影響を抑える狙いもありました。

分析では、粉末にした試料から酢酸エチルで農薬成分を抽出し、濃硫酸処理などで脂肪などの妨げになる成分を取り除いたうえで、塩素を含む化合物の検出に適したガスクロマトグラフ(電子捕獲検出器付き、GC-ECD)にかけ、4,4′-DDE、4,4′-DDD、4,4′-DDTの3種類を定量しました。検出限界や定量限界、標準品を添加した際の回収率といった検証も行われ、回収率は許容範囲とされる70〜120%に収まり、検量線の決定係数は0.9991以上だったと報告されています。さらに、摂取量から健康リスクを見積もるため、米国環境保護庁の枠組みに沿って推定一日摂取量(EDI)、非発がん性の目安となるハザード指数(HQ・HI)、生涯発がんリスク(ILCR)が算出されました。地域差や魚種差の検討には、データの分布が正規分布ではなかったため、マン・ホイットニーのU検定やクラスカル・ウォリス検定といった順位に基づく統計手法が用いられています。

報告された残留の実態

親化合物である4,4′-DDTが検出されたのは96検体中10検体にとどまり、著者らは全体の89.58%がDDTの汚染を免れていたと報告しています。検出された10検体での濃度は1.41〜11.02 μg/kgの範囲で、最も高かったのはダッカのタタリ・バザールで購入したロイッタの検体でした。これは、同国の過去の調査が報告してきた値(たとえば61.9〜875.0 μg/kg、あるいは最大877.82 μg/kgといった水準)より大幅に低く、著者らは規制の強化や社会的な関心の高まり、自然分解などを背景にした減少傾向を示唆するものだと述べています。

一方、代謝物である4,4′-DDEと4,4′-DDDは、親化合物より高い頻度で、かつ多い量で見つかりました。濃度はそれぞれ0.95〜16.63 μg/kg、1.19〜17.62 μg/kgの範囲でした。合計値(ΣDDTs)はロイッタで定量下限未満から29.40 μg/kgまで、タチウオでは最大16.44 μg/kgで、いずれかの農薬が検出されたのはロイッタ29検体、タチウオ28検体でした。ただし、合計でも個別でも、米国食品医薬品局が水産物に定める基準値(5000 μg/kg)を超えた検体はなかったと報告されています。

代謝物が親化合物を上回るという構図について、著者らは過去のDDT曝露の痕跡を示す指標として知られるものだと説明しています。DDTは脱塩化水素反応によってDDEへ、還元的脱塩素反応によってDDDへと徐々に変化するため、強い日射と微生物活動のある熱帯環境では好気的条件下でのDDEへの転換が進みやすく、一部の検体でDDDが優勢だったことは嫌気的な分解の関与を示すものとされています。地域差については、8管区で比較した統計解析で有意な差(p = 0.035)が認められましたが、事後検定で有意だったのはバリシャル管区とチョットグラム管区の間だけでした(調整後p = 0.021)。バリシャルは残留の負荷が相対的に大きく、高い値を示した複数の検体もこの管区から採取されています。著者らは、同管区がガンジス・ブラマプトラ・メグナ川デルタの下流に位置し、農地由来の残留物が降雨のたびに河川網へ流れ込み、河口域の堆積物にたまりやすい環境であることを、その背景となりうる要因として挙げています。他の管区間では有意差がなく、両種とも主にベンガル湾で漁獲され共通の流通経路をたどることから、全国的にはおおむね同程度の汚染水準だったと解釈されています。魚種間でも、DDE・DDD・ΣDDTsに有意差はありませんでした。

この調査が示していること

この研究は、全国規模でまとまった数の検体を、親化合物だけでなく代謝物まで含めて調べた点に特徴があります。報告された結果は、乾燥魚に残るDDT類の濃度が過去の調査より明らかに低い水準にあり、親化合物よりも分解生成物が中心であることを示しています。検出が一部地域や一部の検体に偏っていたことは、全土に広がる汚染というよりも、局所的な要因によるものだという見方につながります。

著者らはこれらの知見を、現在の汚染状況を把握し、バングラデシュ食品安全庁が規制上の判断を行ううえでの科学的な根拠とし、また乾燥魚に含まれる農薬残留について市民の理解を深めるための材料と位置づけています。禁止から四半世紀を経てなお代謝物として痕跡が残るという事実は、いったん環境に放たれた残留性の高い物質が長く残り続けることを、具体的な数字とともに示すものだといえます。

著者:Omeo Kumar Ghosh(Department of Chemistry Rajshahi University of Engineering and Technology Rajshahi Bangladesh)、Md. Manzurul Islam(Department of Chemistry University of Dhaka Dhaka Bangladesh)、Fajilatun Nesa(Department of Chemistry University of Dhaka Dhaka Bangladesh)、Md. Shaikat Hasan(Department of Chemistry University of Dhaka Dhaka Bangladesh)、Ashiqul Amin Abid(Department of Chemistry University of Dhaka Dhaka Bangladesh)、Syed Akhiar Ahsan Arham(Department of Chemistry University of Dhaka Dhaka Bangladesh)、Mohammad Shoeb(Department of Chemistry University of Dhaka Dhaka Bangladesh)、Md. Iqbal Rouf Mamun(Department of Chemistry University of Dhaka Dhaka Bangladesh)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Omeo Kumar Ghosh, Md. Manzurul Islam, Fajilatun Nesa, et al. DDT and Its Metabolites in Two Marine Dried Fish Species From Bangladesh: Residue Levels, Distribution Patterns, and Health Risk Assessment. Food Science & Nutrition 2026-09-01. DOI: 10.1002/fsn3.72286. 原著ライセンス:CC BY.