ヨーグルトやチーズなどの発酵乳製品づくりには、乳酸菌が牛乳の中でしっかり増え、酸を作り出すことが欠かせません。しかし、もともと野菜や植物性の発酵食品から見つかった乳酸菌の中には、牛乳という環境にうまくなじめず、増殖や酸性化が弱いものがあります。今回紹介する研究は、そうした植物由来の乳酸菌の一種であるLactiplantibacillus pentosus 9D3株を対象に、微量のミネラルやビタミンを加えることで牛乳中での働きを改善できるかを調べたものです。
研究チームは、この菌のゲノム情報を手がかりに、Mn(マンガン)、Mg(マグネシウム)、Fe(鉄)、Zn(亜鉛)といったミネラルイオンやB群ビタミンを個別に牛乳へ添加し、菌の増殖と酸性化への影響を比較しました。その結果、Mn2+またはMg2+を単独で加えた場合に増殖と酸性化が有意に高まった一方、Fe2+、Zn2+、B群ビタミンでは目立った効果は見られなかったと報告されています。さらに条件を検討し、Mn2+ 50 mg/LとMg2+ 100 mg/Lを組み合わせて添加したところ、生菌数が7.54 log CFU/mLから8.89 log CFU/mLへと増加したとされています。興味深いのは、この効果が種菌(スターター)の投入量を10%から6%に減らしてもなお得られた点で、投入量を抑えながら約1.9 log CFU/mLの菌数増加を達成できたとされています。これは、原料や仕込み量を抑えつつ発酵の効率を高められる可能性を示す結果といえます。
メタボローム解析でみえた発酵中の代謝変化
研究チームは、ミネラルを添加して発酵させた牛乳、添加せずに発酵させた牛乳、そして未発酵の牛乳の3群について、GC-HRAM-MSとUHPLC-QTOF-MSという2種類の質量分析装置を組み合わせたメタボロミクス解析を行いました。これにより、乳中に含まれる299種類もの代謝物質が同定され、3つの群がそれぞれ異なる代謝プロファイルを示す、すなわちグループごとにはっきり分かれる傾向があったと報告されています。
さらに経路解析(パスウェイ解析)を行った結果、プリン代謝、ピリミジン代謝、ガラクトース代謝、プロピオン酸代謝、酪酸代謝、アミノ糖・ヌクレオチド糖代謝、α-リノレン酸代謝という7つの代謝経路が有意に濃縮されていた、つまりこれらの経路に関わる物質の変動が目立っていたとされています。これらの経路は菌のエネルギー産生や乳成分の分解に関わるものであり、ミネラルの添加が乳酸菌の代謝の働き方そのものに影響を与えていた可能性を示すものと位置づけられています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
本研究は、Lactiplantibacillus pentosus 9D3という特定の菌株を用いた実験室規模の検討であり、得られた知見がほかの乳酸菌株や実際の製品製造の条件にそのまま当てはまるかどうかは、この要旨・本文の範囲では明らかにされていません。また、ミネラル添加によって増殖や酸性化、代謝プロファイルに変化が見られたことは示されていますが、それが最終製品の風味や栄養価、あるいは健康への効果に直接結びつくかどうかについては、この研究では検証されていません。研究チームは、この成果を「コストを抑えた精密発酵による機能性乳製品づくりを後押しするもの」と位置づけていますが、これは一つの研究であり、結論が確定したものではない点に留意する必要があります。
まとめ
この研究は、牛乳になじみにくい植物由来の乳酸菌であっても、ゲノム情報をもとに適切なミネラルを選んで補うことで、増殖や酸性化といった発酵性能を高められる可能性を示したものです。あわせて、最新の質量分析技術を組み合わせたメタボロミクス解析により、発酵過程で起きている代謝の変化を詳細に捉えられることも示されました。今後、こうした知見が発酵食品づくりの効率化にどうつながっていくのか、さらなる研究の展開が注目されます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Paiboon Tunsagool, Varongsiri Kemsawasd, Pincha Kwandee, et al. Integrated GC-HRAM-MS and UHPLC-QTOF-MS metabolomics reveal mineral-induced metabolic adaptation of Lactiplantibacillus pentosus 9D3 during milk fermentation. フード・ケミストリー:エックス (2026). DOI: 10.1016/j.fochx.2026.104329.