この研究は、チュニジアの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Frontiers in Pharmacology

ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: Crossref

症状のタイプで治療を選べるかを問う

過敏性腸症候群(IBS)は、排便に関係した腹痛が繰り返し起こり、便の回数や形が変わる病気です。診断は、適切な診察と検査で他の器質的な病気が除かれたうえで行われます。下痢が目立つ人、便秘が目立つ人、両方が混ざる人がいるほか、おなかの張りや痛みなど、どの症状がつらいかも人によって違います。感染性腸炎の後に始まったかどうか、胆汁酸の扱われ方、内臓の感覚の過敏さ、食事と腸内細菌の関わりなども、治療への反応に影響する可能性があります。

腸内細菌は、食べ物の発酵、腸の動き、腸の粘膜のバリア機能、免疫、胆汁酸の変換、腸と脳の情報のやり取りなどを通じてIBSに関わりうると考えられています。ただし著者は、こうした知見は治療研究の動機にはなっても、「腸内細菌の乱れ(ディスバイオシス)」を臨床的な診断名として扱ったり、腸内細菌検査に基づいて日常的に治療を選んだりする根拠にはならないとしています。

このミニレビューの目的は、腸内細菌を標的にした治療や腸内細菌に影響する治療を一覧にすることではありません。下痢型(IBS-D)、便秘型(IBS-C)、混合型(IBS-M)、分類不能型(IBS-U)という国際的なローマ基準による排便タイプと、診察で分かる主な症状に応じて、治療を選んだり順番を決めたりできるだけの臨床的根拠がそろっているかを検討しています。

どのように根拠を見極めたか

著者は、2026年6月までに発表された文献を、医学文献データベースのPubMed/MEDLINEと、主要な診療ガイドライン、系統的レビュー、メタ解析(複数の研究結果を統合する分析)、重要な臨床試験の参考文献から集めました。対象は主に成人のIBSに関する研究です。これは系統的レビューやメタ解析ではなく、著者が文献を読み解いて整理する「ナラティブ・ミニレビュー」であり、研究の偏りの正式な評価や数値の統合は行っていないと論文に明記されています。

評価で重視されたのは、どの製品や治療そのものを、どんな患者に用い、どの症状を改善したのか、結果が一貫しているか、別の研究グループが再現しているか、安全性、ガイドラインでの位置づけです。各治療は「ガイドラインで支持されている、または再現されている」「特定の製品に限った、あるいは新しく出てきた根拠」「仕組みとしてはありうるが実験段階」の三つに分けられています。これは著者による定性的な判断で、正式な根拠の格付けではないとされています。

また著者は、腸内細菌の種類や代謝物、腸の透過性、免疫の指標が変化したというだけでは、治療を勧める理由として十分ではないとしています。推奨の根拠となるのは、あくまで特定の治療が、該当する患者で、患者にとって意味のある症状改善を再現性をもって示すことだという立場です。

主な報告:根拠が比較的しっかりしているのは一部に限られる

論文によると、最も根拠がはっきりしているのは抗菌薬のリファキシミンです。重要な臨床試験では、便秘型以外のIBS患者を対象に14日間の投与で全般的な症状とおなかの張りが改善しました。その後、最初の治療で効果があり再発した下痢型IBSの患者で、再投与の有効性と安全性も示されています。米国消化器病学会(ACG)のガイドラインも、下痢型IBSの全般的な症状に対する使用を支持しています。ただし著者は、この根拠を「腸内細菌の乱れ」全般への使用に広げるべきではないと述べています。また、試験の対象だった「便秘型以外のIBS」は下痢型IBSと同じ意味ではないとも注意しています。

サイリウム(イスパグラ)などの水溶性食物繊維は、プライマリケアで行われた試験で症状の十分な緩和が示され、ガイドラインでも全般的な症状や便秘を伴う症状に対して支持されています。ただし、効果の背景には便の形や保水性といった物理的な作用も考えられ、腸内細菌の変化が効果をもたらしたことの証拠にはならないとされています。

プロバイオティクス(生きた有益な菌)については、メタ解析で全般的な症状、腹痛、おなかの張りの改善が示されることがあるものの、「プロバイオティクス全体として効く」という確信度は低い、または非常に低いと評価されています。試験ごとに菌の種類や組み合わせ、量、患者、評価方法がばらばらなためです。特定の菌株を使った研究の多くは単独の製品による結果にとどまり、独立した再現が乏しいとされています。生きた菌と加熱して不活化した菌(ポストバイオティクス)は、別々の治療として扱うべきだとも指摘されています。ガイドラインの扱いも分かれており、ACGは日常的な使用を勧めず、米国消化器病学会(AGA)は臨床試験の中での使用に限っています。一方、英国のガイドラインは、特定の製品を期間を決めて観察しながら試すことを認めています。

部分加水分解グアーガムには、おなかの張りやガスの症状に関する試験があります。ガラクトオリゴ糖はビフィズス菌を増やしうるものの根拠は少なく、量によって結果が変わり、発酵しやすい糖に敏感な人ではかえって症状を悪化させる可能性があるとされています。特定の発酵乳で便秘型IBSのおなかの張りが改善した報告もありますが、それをすべての発酵食品や同じ種類の菌株に当てはめることはできないと著者は述べています。

発酵しやすい糖類を控える低FODMAP食は、一部の患者で症状を改善し、ガイドラインにも含まれています。しかし著者は、症状が良くなっても腸内細菌の変化がその原因だとは証明されていないことを強調しています。低FODMAP食は、制限した食品を段階的に戻しながら個人に合わせて行う、症状に対する食事療法として位置づけるべきだとしています。便移植(FMT)は、IBSでは一貫した持続的な効果が示されておらず研究段階にとどまります。市販の腸内細菌検査も、集団レベルの傾向を示すにすぎず、個々の患者の治療選択に使えることは確かめられていないとされています。

この研究が示すこと

著者の結論は、IBSで腸内細菌に関わる治療を症状のタイプに合わせて選ぶことは、現時点では限られた範囲でしか支持されない、というものです。比較的確かなのは、下痢型IBSに対するリファキシミンと、全般的な症状や便秘を伴う症状に対する水溶性食物繊維です。それ以外の多くは個々の製品に限った根拠にとどまり、治療の種類全体へ広げて考えることはできないとされています。

論文では、診断と安全性の確認、排便タイプと主な症状の把握、その状況に合う根拠との照合、試験やガイドラインで想定された期間での再評価、という流れの枠組みも示されています。ただしこれは著者が提案した根拠の見取り図であり、前向きの研究で検証された治療手順ではありません。特定の治療を別の治療より先に行うべきだという根拠もまだ確立していません。腸内細菌に関わる治療は、生活習慣の見直しや説明を含むIBS診療全体の補助として位置づけられるというのが、このレビューの示す現状です。

著者:Om Kolthoum Sallem(epartment of Nutrition, Faculty of Medicine of Monastir, EPS Fattouma Bourguiba, Monastir, Tunisia)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Om Kolthoum Sallem. Phenotype-informed selection of microbiota-directed interventions in irritable bowel syndrome: current evidence and limitations. Frontiers in Pharmacology 2026-10-01. DOI: 10.3389/fphar.2026.1921349. 原著ライセンス:CC BY.