著者の所属・活動拠点の国は、キルギスです。
掲載誌:Bulletin of Science and Practice
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
過敏性腸症候群(IBS)は、腸と脳の相互作用に関わる不調の中でも特に多いものの一つです。腹痛、おなかの張り、ガス、便の回数や硬さの変化などが主な症状です。こうした症状の強さには食事が影響しうるとされ、近年は「FODMAP」と呼ばれる一群の糖質が注目されています。FODMAPは、小腸で吸収されにくく腸内細菌に発酵されやすい短い糖質の総称で、小麦などに含まれるフルクタン、豆類に含まれるガラクトオリゴ糖、乳糖、ブドウ糖より多く含まれる果糖、ソルビトールなどの糖アルコールが含まれます。著者らによると、FODMAPを一時的に控える食事法には、IBSの症状全体を軽くする効果が報告されています。
著者らがさらに注目したのは、IBSに小腸内細菌異常増殖(SIBO)が重なる場合です。SIBOは本来は細菌の少ない小腸で細菌が増えすぎた状態を指します。この状態では、吸収されにくい糖質の発酵が症状により大きく関わる可能性があると著者らは考えています。一方で、キルギスの伝統料理の多くについては、個々のFODMAPの含有量が直接調べられていません。そこで研究チームは、キルギスの伝統的な食事と日常の食事に含まれる主なFODMAP源を整理し、IBSとSIBOを併せ持つ患者の消化器症状にそれらがどう関わりうるかを論じることを目的としました。
どのように調べたか
本研究は、新たな測定や臨床試験ではなく、既存の文献を分析した総説です。著者らは、IBS、SIBO、FODMAPの作用の仕組み、低FODMAP食の効果に関する文献を検討しました。その際、診療ガイドライン、系統的レビュー、メタ解析、ランダム化試験、近年の報告を優先しています。キルギスの食文化については、食文化の変遷に関する研究、同国の食品成分表、伝統的な食品と料理に関する研究を参照しました。
キルギス料理の多くは複数の食材を組み合わせた料理ですが、そうした料理のFODMAP含有量について検証された数値はほとんどありません。そのため研究チームは「食材ベースの方法」を用いました。これは、料理に使われる食材のうち、国際的な文献でFODMAP含有量が調べられているものに着目し、その料理がもたらしうる負荷を推定するやり方です。著者らは、この方法では実際の分析なしに料理を「高FODMAP」や「低FODMAP」と判定することはできないと明記しています。
主な報告内容
著者らによると、キルギスの食事には潜在的なFODMAP源が幅広く含まれます。代表的なのは小麦由来のフルクタンです。小麦粉は、ナンなどのパン、麺、マンティ(蒸し餃子)、サムサ、ボールソク(揚げパン)、ベシュバルマクなど多くの料理に使われるため、一度の食事で複数のフルクタン源をとることがあると指摘しています。また論文は、IBSで小麦製品に反応が出る場合、原因は必ずしもグルテンではなく、フルクタンが関わっている患者もいると述べています。
タマネギやニンニクも重要なFODMAP源として挙げられています。これらは単独で食べるだけでなく、肉料理、粉もの料理、野菜料理、スープ、ソースなどに広く使われており、論文はタマネギを多くの郷土料理の「隠れた」食材と表現しています。たとえばマンティは典型的には小麦の皮とタマネギという二つのフルクタン源を含み、ラグマン(麺料理)も小麦麺にタマネギやニンニクが加わることが多いとされます。ただし著者らは、レシピや一皿の量が異なるため、料理名だけで自動的に高FODMAPと分類することはできないと強調しています。
乳製品については、主なFODMAPは乳糖です。ただし論文は、「乳製品であること」と「乳糖が多いこと」は同じではないと指摘しています。発酵や加工で乳糖量は大きく変わりうるため、牛乳、発酵乳飲料のアイラン、濃縮した発酵乳製品のスズモ、乾燥させたクルトを一括りにすべきではないとしています。馬乳を発酵させたクムズや、穀物を原料とする発酵飲料のマクスム、ジャルマ、ボゾについては、発酵の過程で糖質の構成が変わるため、原料の数値から完成品の含有量を推し量ることはできず、実際のFODMAP構成は分かっていないと述べています。
このほか、豆類はガラクトオリゴ糖の供給源として、一部の果物、ドライフルーツ、蜂蜜は果糖の過剰や糖アルコールの供給源として整理されています。特に果物が多く出回る季節には一度に食べる量が増えやすいことから、著者らは、問題になるのは食品の種類だけでなく一回あたりの量でもある、という低FODMAPの考え方の基本を示す例としています。一方で、伝統的な食事には、発酵しにくい食事を組み立てる際に使える食品も含まれていると報告しています。たとえば肉そのものはほとんどFODMAP源にならず、プロフ(ピラフ)での潜在的な負荷は米よりもタマネギやニンニクに由来するとしています。
この研究が示す意味
著者らは、SIBOに対する低FODMAP食の根拠はIBSに比べてかなり弱いと述べています。そのため、IBSとSIBOを併せ持つ場合、この食事法は細菌の増えすぎを治す方法ではなく、症状を抑えるための手段の候補として位置づけるのが適切だとしています。また、IBSの症状があることはSIBOの証拠にならない点にも触れています。
さらに論文は、西洋で作られた「食べてよい食品・避ける食品」のリストを、そのままキルギスの食事に当てはめることには限界があると論じています。キルギスの伝統食品の一部は国際的なFODMAP表に載っておらず、同じ料理でも家庭や地域でレシピが異なります。加えて、慣れ親しんだ食品をすべてやめると食事を続けにくくなり、厳格な制限を長く続けると腸内細菌叢に影響しうるという報告もあります。こうした理由から著者らは、伝統料理を長期間まとめて除くのではなく、短期間だけ食事を調整し、その後に食品群を一つずつ戻して個人ごとに耐えられる量を見極める方法が合理的だと結論づけています。
この総説は、キルギス料理のFODMAPを料理名ではなく、食材、一皿の量、調理法の単位で捉える視点を示しています。同時に、多くの郷土料理や伝統的な発酵食品について含有量の実測データがまだないことも明らかにしています。
著者:S. Imankulova(International University of Kyrgyzstan)、E. Baibulatov(International University of Kyrgyzstan)、A. Amanbekov(International School of Medicine; International University of Kyrgyzstan)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):S. Imankulova, E. Baibulatov, A. Amanbekov. FODMAP Components of the Traditional Diet of the Population of Kyrgyzstan and Their Potential Role in the Clinical Manifestations of Irritable Bowel Syndrome in the Presence of Small Intestinal Bacterial Overgrowth. Bulletin of Science and Practice 2026-10-15. DOI: 10.33619/2414-2948/131/29. 原著ライセンス:CC BY.