掲載誌:JMIR Research Protocols
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜこの調査が企画されたのか
私たちが食べるものは、自分の健康だけでなく地球環境にも関わっています。論文の著者らは、ヨーロッパの現在のフードシステム(食料の生産から流通、消費までの一連の仕組み)が、人の健康と環境の両方を損なう方向に働いていると指摘しています。原著が引用する数字では、フードシステムは世界の温室効果ガス排出の26%、居住可能な土地利用の50%、淡水資源の利用の70%を占め、富栄養化の78%、生物多様性の損失の60%に関わっているとされています。さらに、健康的な食品へのアクセスの差が、ヨーロッパ内の健康格差を広げていると著者らは述べています。
著者らによれば、これまでの食生活研究には限界がありました。対象が数カ国に限られていたり、国ごとに調査方法や道具が違っていたりするため、結果を横並びで比べることが難しいのです。また、24時間思い出し法や食物摂取頻度調査票といった従来の栄養調査は「何をどれだけ食べたか」は測れても、食行動の背景にある考え方や、食品をめぐるコミュニケーションのような多面的な側面をとらえにくいとしています。そこで研究チームは、27カ国で同じ調査票を使い、個人の食行動と、それに影響すると本人が感じている要因を同時に把握しようと計画しました。なおこの論文は、調査の設計と手順をあらかじめ公開する「プロトコル論文」であり、調査結果そのものを報告するものではありません。
どのように調べる計画か
この調査は、EUのHorizon Europeの枠組みで助成され、英国研究・イノベーション機構とスイスの研究基金が共同で資金を提供するFEASTプロジェクトの一部です。FEASTには15カ国の35の機関が参加しており、大学、公的部門、市民社会組織、民間企業が名を連ねています。
主たる調査は横断研究、つまりある時点での状況を一度に把握する設計の、ウェブ上のアンケートです。対象は27カ国の18歳以上の成人で、各国1000人、合計27,000人を想定しています。27カ国は、食文化・農業生産の形態・福祉制度の違いにもとづいて、アングロサクソン、中欧、スカンディナビア、南欧、東欧の5つの「食の地域」に分けられています。回答者は性別・年齢・教育水準(ISCED-2011という国際的な教育分類)の割り当てを決めて集められ、各国の人口構成に近づける仕組みがとられました。集計時には、回答の偏りを補正するための重み付けも用いられます。回答者の募集には、ヨーロッパ各国にパネル会員を持つ市場調査プラットフォームのサービスが使われました。
調査票は88項目・8セクションからなり、回答にかかる時間は約22分と見込まれています。内容は、食品の摂取頻度、家庭での調理や買い物の習慣、食品を選ぶときに重視する点(価格、好み、栄養、旬、手軽さ、包装、環境負荷など)、健康的で持続可能な食事を「支えるもの」8項目と「妨げるもの」10項目、食品政策への賛否を問う10項目、栄養情報の入手先、そして年齢や世帯収入などの属性です。妨げになりうる要因としては、不規則な勤務時間、忙しさ、好きな食べ物を手放したくない気持ち、価格の問題、調理の難しさ、知識や意志の不足、身近な場所に健康的な選択肢が少ないことなどが挙げられています。
食事内容の評価には、EAT-Lancet委員会が示した「プラネタリーヘルスダイエット」(動物性食品を大きく減らし植物性食品を増やすことを勧める食事の指針)が参照されました。研究チームは、この指針が挙げる14の食品・栄養素カテゴリーの摂取頻度から、指針との一致度を0〜42点で表すELFI(EAT-Lancet Consumption Frequency Index)という指標を作成しています。著者らは、この尺度が量ではなく頻度を測るものであり、習慣的な摂取量を把握するために設計されたものではなく、あくまで行動の傾向を示す代理指標だと明記しています。報告されている検証では、内部一貫性を示すクロンバックのα係数が0.83で、「増やしたい食品」と「調整・制限したい食品」の2つの下位尺度からなる構造が確認されました。翻訳は24言語に対応し、言語グループ間で構造が安定していたことから、国をまたいだ比較が可能だとされています。
調査にはもう一つの柱があります。ダウン症のある人とその介護者を対象にした、5カ国・約400人を想定する調査です。著者らは、ダウン症に伴う筋緊張の低下や口腔の特徴などが食べる機能に影響しうるため、食に関して脆弱な立場に置かれやすいと説明しています。この調査票は71項目で、味や見た目などの感覚的な魅力、食行動、食感の好み、新しい食べ物を避ける傾向(食物新奇性恐怖)、環境に配慮した行動などを、回答しやすいように絵を添えた形式で尋ねます。こちらは代表性のある標本を得ることが現実的でないため、機会的な募集による探索的な調査だと位置づけられています。
この計画が目指していること
研究チームが掲げる柱の一つが、「自然な欧州食生活セグメント(NEDS)」の特定です。これは、子どもと大人、女性と男性、低所得層と高所得層といった従来の区分に代わり、食習慣がどれだけ健康的で持続可能かという観点から、似た傾向を持つ人々をまとめ直す試みです。分析では、回帰分析で健康的・持続可能な食品消費と最も強く関連する変数を探り、因子分析や主成分分析で回答者の分布を描き、セグメンテーション分析で均質なグループを見いだすことが予定されています。
著者らは自らの計画の弱点も率直に書いています。パネルを通じた募集には選択バイアスがあり、教育水準の低い若年層や高齢層は十分に集まりにくいこと、プラットフォームからは参加を妨げた要因(時間、読み書き、デジタル環境のいずれか)についての情報が得られず、調査の運用過程に理解の空白が残ることです。実際のデータと人口統計のずれは研究成果の中で明示するとしています。
この論文は、結果ではなく設計と手順を先に示すものです。各国ばらばらだった調査を共通のものさしでそろえ、食べているものと、本人が感じている障壁や支えを同じ回答者から集める。その準備を公開しておくことで、何を測り、何を測っていないのかを読み手が確かめられるようにしています。著者らが示す構想の中心は、「平均的な消費者」という一つの像ではヨーロッパの食生活をとらえきれないのではないか、という問い直しにあります。
著者:Anna Maria Murante、Federica Manca、Fabio Consalez、Chiara Chirilli、Luisa Torri、Anant R. Jani、Agustín Ramiro Miranda、Eric Olivier Verger、Catalina Leon Gonzalez、Maria Piochi、Maria Giovanna Onorati、Susana Campos、Ana Teresa Ferreira-Oliveira、Janas M. Harrington、Valeria Massei、Chiara Ferravante、Tim Smits、Yara Qutteina、Käbi Vanwinkelen、Annemarie Kapteijns、Leonie Barelds-Cramer、Aleksandra M. Różalska、Aditi Bunker、Till Bärnighausen
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Anna Maria Murante, Federica Manca, Fabio Consalez, et al. Exploring Perceived Barriers and Facilitators to Healthier and More Sustainable Dietary Behavior in 27 European Countries: Protocol for a Cross-Sectional Survey. JMIR Research Protocols 2026-09-30. DOI: 10.2196/91985. 原著ライセンス:CC BY.