味噌は中国や日本をはじめ東アジアで古くから使われてきた発酵調味料で、その価値を決めるのはコクのある旨味です。旨味のもとになるのは、発酵の過程で大豆タンパク質が分解されてできるアミノ酸や小さなペプチド(アミノ酸が数個つながったもの)ですが、天然の大豆タンパク質は構造が密なため、酵素が入り込みにくく、分解効率が今ひとつになりがちだという課題がありました。今回紹介する研究は、電子レンジ加熱で大豆を「膨化」させることでタンパク質の構造をあらかじめゆるめておき、その後の発酵における分解のされやすさや旨味の生まれ方がどう変わるのかを調べたものです。研究は中国・黒竜江八一農墾大学と斉斉哈爾大学の研究者らによって行われました。
電子レンジ処理の条件と大豆タンパク質の変化
実験では、東北産(中国黒竜江省)の丸大豆を出力400Wの電子レンジで30秒、60秒、90秒、120秒、150秒とさまざまな時間処理し、未処理の大豆と比較しました。事前の予備実験では、200〜300W程度の低出力では見た目や匂いにほとんど変化がなく、逆に500〜600Wまで上げると豆が焦げて好ましくない匂いが生じたため、400Wが選ばれています。官能評価では、90秒までは豆の香り・食感・色の評価が処理時間とともに上昇し、90秒でスコアが最大になりました。豆特有の香りが豊かで、食感はパリッとし、色は黄金色、焦げ臭もほとんどなく表面の状態も良好という結果でした。90秒を超えるとかえって評価が下がり、焦げ臭が目立ち、色も焦げたような黄色に変わり、豆の割れも増えました。この結果から、400W・90秒が最適な処理条件として選ばれています。
この最適条件下の大豆から抽出したタンパク質(アルカリ抽出・酸沈殿法)を詳しく調べたところ、赤外分光やUV吸収、蛍光分光などの分析で、タンパク質を安定化させていた水素結合や疎水性相互作用(水になじみにくい部分同士が引き合う力)といった弱い結合が壊れ、規則正しい構造(β-シート)の一部が崩れて不規則な構造(ランダムコイル)に変わることが確認されました。またタンパク質の粒子径は90秒処理で最も小さくなり、内部に埋もれていた疎水性の部分が表面に露出することで、表面疎水性(水になじみにくさの指標)も90秒処理でピークに達しました。走査型電子顕微鏡(SEM)による観察でも、タンパク質のかたまり(凝集体)がほどけて、すきまの多い多孔質の構造になっている様子が確認されています。一方で、90秒を超えてさらに加熱を続けると、いったんほどけたタンパク質同士が再び結びついて大きな塊(再凝集)を作り、酵素が働きにくい状態に戻ってしまうことも分かりました。つまり、電子レンジ処理は「短すぎても効果が薄く、長すぎても逆効果」という、ちょうど良い加減があるということです。
味噌づくりでの発酵と旨味への影響
次に、この最適条件(400W・90秒)で処理した大豆と、未処理の大豆を使って、実際に味噌(大豆ペースト)を作る実験が行われました。処理した大豆は吸水性が高まるため、浸水時間を未処理の5時間に対し3.5時間に短縮し、蒸す前の水分含有量をそろえたうえで比較しています。麹菌(Aspergillus oryzae)を接種して製麹し、31℃で麹を育てたのち、10%の塩水を加えて42℃で15日間、その後32℃でさらに15日間発酵させています。その結果、電子レンジ処理した大豆で作った味噌は、麹菌の生育や酵素(プロテアーゼ)活性が高まり、pHがより低く、総酸量が5.8%、アミノ酸態窒素が11.8%、低分子ペプチドが13.3%、還元糖が14.95%、それぞれ未処理より多いという結果が得られました(統計的に意味のある差として報告されています)。色も明るく赤みを帯びた色調になったとされています。
さらに、LC-MS/MS(液体クロマトグラフィー質量分析)という手法でペプチドの構成を詳しく調べたところ、電子レンジ処理した味噌では、旨味に関わるアミノ酸であるグルタミン酸(Glu)やアスパラギン酸(Asp)、甘味に関わるアラニン(Ala)の割合が増え、苦味に関わるアミノ酸の割合が減っていることが分かりました。20〜30歳の男女20名による官能評価と、電子舌(センサーで味を数値化する機器)による分析の両方で、旨味が強まり、苦味や塩味が弱まったという結果が一致して得られています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究は、あくまで実験室レベルで特定の条件(400W・特定時間の電子レンジ処理、特定の麹菌と発酵条件)のもとで得られた結果であり、家庭用電子レンジや異なる大豆品種、異なる発酵条件でも同じ効果が得られるとは限りません。また、官能評価に参加したのは20〜30歳の20名に限られており、著者ら自身も「この結果は該当年代の集団にのみ当てはまり、すべての消費者層の嗜好を代表するものではない」と述べています。あくまで一つの研究成果であり、電子レンジ膨化処理が味噌の品質改善に直接応用できると結論づけるには、さらなる検証が必要と考えられます。
まとめ
今回の研究では、電子レンジによる短時間の加熱処理が大豆タンパク質の構造をほどよくゆるめ、発酵時の分解や旨味成分の生成を助ける可能性が示唆されました。一方で処理時間が長すぎるとタンパク質が再び固まってしまい、逆効果になることも分かっています。発酵食品の風味を高める新しい加工技術のヒントとして、今後の研究の広がりが注目されます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Tong J, Li G, Liu X, et al. Microwave Puffing-Mediated Structural Modification of Soy Protein: Effects on Dynamic Changes in Key Properties During Soybean Paste Fermentation and Umami Improvement. フーズ(バーゼル、スイス) (2026). DOI: 10.3390/foods15142542. 原著ライセンス: cc-by.