著者の所属・活動拠点の国は、中国です。

掲載誌:Foods

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

スッポン(Pelodiscus sinensis)は東アジア原産で、中国・日本・韓国・ベトナム北部・ロシア極東などに自然分布し、人の手による導入で世界各地にも野生化した個体群が存在するとされます。中国では年間49万トン以上が生産される主要な淡水養殖種で、古くから食用・薬用として利用されてきました。今回紹介する研究は、2002年から2026年にかけて発表された76本の関連論文を整理したレビューで、スッポンの身や甲羅、内臓、卵などから得られる「生理活性ペプチド」について、どこから採れるのか、どうやって作るのか、そしてどんな働きが報告されているのかを体系的にまとめたものです。

生理活性ペプチドとは、アミノ酸が2〜20個程度つながった小さな分子で、たんぱく質そのものよりも体に吸収されやすいとされています。スッポンの筋肉は水分を除いた重量あたりたんぱく質16.62〜17.36g/100g、脂肪はわずか0.83〜0.95g/100gと高たんぱく低脂肪で、必須アミノ酸が全アミノ酸の約40%を占めるなど、FAO/WHOの推奨基準を上回る栄養価を持つと報告されています。こうした良質なたんぱく質を原料に、消化酵素や微生物の働きで小さなペプチドへと分解する技術が、近年研究の焦点になってきたといいます。

部位によって異なる成分とペプチドの特徴

この論文では、スッポンの体のどの部分を使うかによって、得られるペプチドの性質が大きく異なる点が整理されています。食用の中心である筋肉は体重の40〜50%を占め、グリシン・プロリン・グルタミン酸を比較的多く含み、酵素分解によって抗酸化作用や血圧に関わる活性を持つペプチドを生じやすいと説明されています。

甲羅の縁にあるゼラチン質の「スッポン軟甲(カリパッシュ)」はコラーゲン含有量が最も高い部位で、たんぱく質21.31〜22.18g/100g、脂肪0.22〜0.25g/100gという低脂肪高たんぱくの原料とされます。豚や牛など陸上動物由来のコラーゲンには豚熱ウイルスや牛海綿状脳症(BSE)、口蹄疫のリスクが伴うため、水生動物由来の安全な代替源として注目されているとのことです。研究データとして、スッポン軟甲コラーゲンの変性温度(Td)は35.1℃、融解温度(Tm)は105.14℃に達し、多くの魚類由来コラーゲン(15.6〜32.6℃)より熱に対して安定していることが示されています。

内臓(体重の約10〜15%)には肝臓・腸・心臓などが含まれ、特に肝臓は亜鉛・マンガン・セレンなどの微量元素が豊富とされます。また肝臓だけに発現する抗酸化ペプチド「LEAP-1(ヘプシジンとは別のヘパチジンという名で呼ばれる)」と「LEAP-2」には抗菌・抗ウイルス作用が報告されているそうです。骨は最もコラーゲン濃度・純度が高い部位で、骨コラーゲンから得られるACE阻害ペプチド(血圧に関わる酵素を阻害するペプチド)には血圧降下に関わる作用が報告されています。甲羅は体重の20〜30%を占める主要な副産物で、コラーゲンや多糖、ミネラルを含み、伝統中国医学では甲羅の粉末に抗疲労・抗腫瘍作用があるとされてきましたが、食用の際は廃棄されることが多く、有効利用が課題として挙げられています。卵は乾物換算でたんぱく質54.64%、脂肪29.21%を含み、20種のアミノ酸のうち9種が必須アミノ酸とされる一方、収量が少なくコストが高いため、ペプチド抽出の主要な原料としては優先されにくいと述べられています。

作り方は「酵素分解」と「発酵」の二本柱

ペプチドを作る方法として、この論文は酵素分解と発酵という二つの手法を軸に整理しています。酵素分解はトリプシン、ペプシン、アルカリプロテアーゼ、フレーバープロテアーゼ、中性プロテアーゼなどの市販酵素を使う方法で、反応の温度・時間・酵素量・pHによって得られるペプチドの分子量分布や活性が変わるとされます。筋肉のように可溶性たんぱく質が多い組織には酵素が働きやすい一方、甲羅や骨のように架橋の強いコラーゲンを多く含む組織では、事前の物理的処理を組み合わせないと分解効率が上がりにくいという課題も指摘されています。

発酵は枯草菌(Bacillus subtilis)、乳酸菌、酵母などを使う方法で、コストが低く、においを消しつつ風味を高められる利点があるとされます。特に甲羅や軟骨のような分解しにくい組織で威力を発揮しやすいとのことです。ただし発酵には24〜72時間という長い時間がかかり、雑菌汚染のリスクや、発酵後に微生物の菌体を除去する工程でペプチドが失われる可能性も限界として挙げられています。このほか、超音波を併用した酵素分解でコラーゲンの抽出効率を高める手法や、機械学習を使って有望なペプチド配列を予測するAI活用の研究も進みつつあるとされていますが、マイクロ波抽出やパルス電場処理、深共晶溶媒といった技術はスッポンペプチドではまだ報告例がなく、他の動植物由来ペプチドでの応用例をもとにした今後の可能性として言及されています。

得られた粗製ペプチドは分子量や電荷、疎水性の違いを利用して、限外濾過・ナノ濾過・ゲル濾過、イオン交換クロマトグラフィー、逆相高速液体クロマトグラフィー(RP-HPLC)などで段階的に精製され、質量分析(LC-MS/MS)でアミノ酸配列が決定されるとのことです。論文では、実験室での高分解能な精製法はコストや処理量の面で工業的な量産には向きにくく、限外濾過のような低コストで大量処理できる手法と、高分解能な精製を組み合わせる「段階的戦略」が現実的だと提案されています。

報告されている働きと、研究として押さえておきたい点

この論文では、抗酸化作用、抗疲労作用、血圧上昇を抑える作用(抗高血圧作用)、抗腫瘍作用、免疫調節作用という5つの生理活性が主にまとめられています。たとえば抗酸化については、分子量5kDa未満の小さなペプチドがフリーラジカルの除去に優れているという報告や、細胞や動物実験でSOD(スーパーオキシドディスムターゼ)やグルタチオンペルオキシダーゼといった抗酸化酵素の活性を高め、酸化ダメージの指標であるMDA(マロンジアルデヒド)を減らすといった報告が紹介されています。免疫調節については、マクロファージの貪食能を高めたり、腸内細菌叢を介して腸管免疫に影響を与えたりする可能性が示されているとのことです。

重要なのは、著者らが「抗酸化作用と抗高血圧作用は動物実験レベルで検証されているが、それ以外(抗疲労・抗腫瘍・免疫調節)は現時点で試験管内(in vitro)の実験にとどまっている」と明記している点です。さらに免疫調節に関わるとされるメカニズムの一部(マクロファージの分化パターンの変化など)は、直接的な証拠がまだ限定的で、今後の追加検証が必要な仮説段階の推論であるとも述べられています。全体として、これはヒトを対象にした臨床試験ではなく、実験室レベルの研究成果を広く集めて整理したレビュー論文であり、著者らも「体系的な臨床検証がまだ乏しい」ことを課題として挙げています。

また、複数の部位(筋肉・軟甲・内臓・骨)を同じ条件で横並びに比較した研究はまだ少なく、部位ごとのデータを単純に比べにくいという限界も指摘されています。今回の情報からは、日本の研究機関や日本国内の食習慣・生産に関する具体的な言及は見当たりませんでした。

スッポンは身だけでなく、これまで廃棄されがちだった甲羅や骨、内臓にも活用の可能性がある資源だという整理は興味深いものですが、研究の多くが試験管内や小動物での実験にとどまっている段階です。今後、ヒトでの検証や部位間の統一的な比較が進むことで、スッポン由来ペプチドの実用化に向けた理解がさらに深まることが期待されます。

原著論文の著者・所属:Xin Zhang(College of Food Science and Engineering, Ocean University of China, Qingdao 266003, China)、Qiuyue Hu(Key Laboratory of Healthy Freshwater Aquaculture, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Huzhou Key Laboratory of Aquatic Product Quality Improvement and Processing Technology, Zhejiang Institute of Freshwater Fisheries (Zhejiang Freshwater Fishery Environmental Monitoring Station), Huzhou 313001, China)、Yafang Shen(Key Laboratory of Healthy Freshwater Aquaculture, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Huzhou Key Laboratory of Aquatic Product Quality Improvement and Processing Technology, Zhejiang Institute of Freshwater Fisheries (Zhejiang Freshwater Fishery Environmental Monitoring Station), Huzhou 313001, China)、Xinru Liu(Key Laboratory of Healthy Freshwater Aquaculture, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Huzhou Key Laboratory of Aquatic Product Quality Improvement and Processing Technology, Zhejiang Institute of Freshwater Fisheries (Zhejiang Freshwater Fishery Environmental Monitoring Station), Huzhou 313001, China)、Jiangqi Wang(Key Laboratory of Healthy Freshwater Aquaculture, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Huzhou Key Laboratory of Aquatic Product Quality Improvement and Processing Technology, Zhejiang Institute of Freshwater Fisheries (Zhejiang Freshwater Fishery Environmental Monitoring Station), Huzhou 313001, China)、Yanna Cui(Key Laboratory of Healthy Freshwater Aquaculture, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Huzhou Key Laboratory of Aquatic Product Quality Improvement and Processing Technology, Zhejiang Institute of Freshwater Fisheries (Zhejiang Freshwater Fishery Environmental Monitoring Station), Huzhou 313001, China)、Fei Jia(College of Food Science and Engineering, Ocean University of China, Qingdao 266003, China)、Guijie Hao(Key Laboratory of Healthy Freshwater Aquaculture, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Huzhou Key Laboratory of Aquatic Product Quality Improvement and Processing Technology, Zhejiang Institute of Freshwater Fisheries (Zhejiang Freshwater Fishery Environmental Monitoring Station), Huzhou 313001, China)、Jianrong Jin(Hangzhou Haolin Agricultural Development Co., Ltd., Hangzhou 311522, China)

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Xin Zhang, Qiuyue Hu, Yafang Shen, et al. Bioactive Peptides from Soft-Shelled Turtle: Extraction, Preparation and Biological Activities. フーズ (2026). DOI: 10.3390/foods15162773. 原著ライセンス: cc-by.