著者の所属・活動拠点の国は、アメリカです。
掲載誌:Applied and Environmental Microbiology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
米国メイン州の沿岸では、カキなど貝類の養殖が急速に広がっています。一方で、カキは海水をこしとって餌を食べるため、海中の細菌を体内にためこみます。その一つが腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus)です。海に広く存在する細菌で、一部の株は人に胃腸炎を起こします。生ガキを食べることが感染経路の一つとされています。
メイン州では近年、ビブリオ属による感染症の報告が増え、2023年には州産のカキが原因とされる初めてのビブリオ関連の集団発生も起きました。ところが、州内のカキに腸炎ビブリオがふだんどの程度含まれているかを示す基準となるデータは不足していました。研究チームは、この基準づくりの第一歩として、代表的な養殖海域3か所でカキ中の腸炎ビブリオの量と季節変化を調べ、水温や塩分との関係を検討しました。
何をどう調べたか
対象は、スカボロー川河口域、マクォイト湾、ダマリスコッタ川河口域の3か所です。いずれも州内で生産量の多い養殖海域です。研究チームは2023年の5月から11月にかけてカキを採取し、計87試料を分析しました。あわせて、水温と塩分も記録しました。
分析では、細菌が持つ3種類の遺伝子を目印にしました。tlhはほぼすべての腸炎ビブリオ株が持つ遺伝子で、腸炎ビブリオ全体の量の目安になります。tdhとtrhは、患者から見つかる株によくみられる毒素の遺伝子です。そのため、病原性をもつ可能性がある株の目印として使われています。量は、カキ1グラムあたりの推定菌数(MPN/g)で表しました。さらに統計モデルを使い、水温や塩分が季節変化とどう関係するかを評価しました。
主な結果
腸炎ビブリオ全体の目印であるtlhは、87試料のうち87%で検出されました。44%の試料は、この方法で測れる上限の1グラムあたり1,100を超えていました。病原性の可能性がある株の目印も広く見つかり、tdhは61%、trhは78%の試料で検出されました。3海域すべてで、病原性をもちうる株が確認されたことになります。
量には明確な季節変化がありました。著者らは全体のまとめとして、水温16℃前後で腸炎ビブリオが現れ始め、20℃を超えると量が最大になる傾向があったと報告しています。統計モデルでも、水温が最も重要な要素として示されました。海域ごとの推移には違いもあります。たとえばスカボロー川河口域では、水温が15℃を超えるとtlhとtrhが増え始め、20℃を超えると3種類の遺伝子すべてが増加し、11月に15℃を下回ると大きく減少しました。一方、マクォイト湾ではtlhが10月の時点でまだ多いままで、11月の試料が採れなかったため、いつ減ったかは分かっていません。
海域による違いも見られました。ダマリスコッタ川河口域では、病原性の可能性がある株の量が他の2か所より有意に多くなりました。trhの平均量は、マクォイト湾より対数で2.4、スカボロー川河口域より1.8高い値でした。この河口域は海水が長くとどまり、調査期間の平均水温も他の2か所より高めでした。著者らは、この暖かさが菌の多さの主な背景だろうと考えています。
塩分との関係は、水温ほどはっきりしませんでした。ただし、9月の大雨で塩分が急に下がった際、スカボロー川河口域とマクォイト湾では、いったん減り始めていたtrhが再び増える様子が観察されました。また、夏の最も暖かい時期には、病原性に関わる遺伝子の量が、閉鎖海域の再開判断に使われる基準値である1グラムあたり10を上回っていました。
研究の意味と留意点
この研究は、メイン州の主要な養殖海域でカキ中の腸炎ビブリオがいつ、どの程度増えるかを示しました。今後の感染発生時に比較の基準となるデータを提供した点に意義があります。暖かい時期に病原性をもちうる株が存在することから、著者らは、収穫後に速やかに冷やすなど、温度管理の重要性を指摘しています。
一方で、著者らはいくつかの限界も認めています。tdhの検出効率が低く、量を過小評価している可能性があります。また、tlhは多くの試料で測定上限を超えたため、全体量を正確に比べることはできませんでした。統計モデルも、将来の量を正確に予測できる精度には達していません。tdhやtrhを持たない株でも病気を起こす例が知られており、これらの遺伝子はあくまで「病原性の可能性」を示す目印です。こうした制約はあるものの、海水温と結びついた腸炎ビブリオの季節的な動きを、北部の養殖現場で具体的にとらえた報告といえます。
原著論文の著者・所属:Aidan Lurgio(Maine Department of Marine Resources, Bureau of Public Health and Aquaculture)、Everett Rzeszowski(School of Marine Sciences, University of Maine, Darling Marine Center)、Amy Webb(Maine Department of Marine Resources, Bureau of Public Health and Aquaculture)、Tyler Spillane(Maine Department of Marine Resources, Bureau of Public Health and Aquaculture)、Stephen Jones(Department of Natural Resources and the Environment, University of New Hampshire)、Sue Ishaq(School of Food and Agriculture, University of Maine)、Camille H. Ross(School of Marine Sciences, University of Maine, Darling Marine Center)、James Becker(Maine Department of Marine Resources, Bureau of Public Health and Aquaculture)、Kohl Kanwit(Maine Department of Marine Resources, Bureau of Public Health and Aquaculture)、Damian C. Brady(School of Marine Sciences, University of Maine, Darling Marine Center)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Aidan Lurgio, Everett Rzeszowski, Amy Webb, et al. Seasonality of Vibrio parahaemolyticus in the Eastern oyster, Crassostrea virginica, along the coast of Maine, USA. Applied and Environmental Microbiology 2026-07-31. DOI: 10.1128/aem.00168-26. 原著ライセンス:CC BY.