著者の所属・活動拠点の国は、タイです。

掲載誌:Journal of Agriculture and Food Research

ライセンス: CC BY-NC-ND 4.0 対象: 公開論文 確認元: Crossref

植物の葉や茎の中には、宿主に害を与えずにひっそりと暮らす「内生菌(ないせいきん)」と呼ばれる微生物が存在することがあります。これらの内生菌は、植物と共生する中で抗菌作用を持つ化合物、特にフェノール性化合物を作り出すことが知られています。今回紹介する研究では、東南アジアなどで食用や薬用に使われる植物「キンマ(Piper betle Linn)」に棲む内生菌に着目し、そこから得られる抽出物が、水産物の食中毒の原因菌として知られる腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus、以下VP)に対してどのような影響を及ぼすのかを調べました。VPは魚介類などの海産物に付着しやすく、深刻な食中毒を引き起こす可能性がある菌として知られており、その対策は食の安全において重要な課題とされています。

研究グループは、キンマから分離された内生菌「Fusarium concentricum P2NS8」株を用い、その酢酸エチル抽出物(EAE-P2NS8)を作製しました。この抽出物を2種類のVP株(ATCC 17802株、PSU 3952株)に対して作用させ、3回の独立した実験によって抗菌活性を調べたところ、菌の増殖を抑えるのに必要な最小濃度(MIC)は、それぞれ0.256 mg/mLおよび0.128 mg/mLであったと報告されています。

抽出物はVP菌にどう作用したのか

さらに研究チームは、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いてVP菌(ATCC 17802株)の様子を観察しました。その結果、EAE-P2NS8で処理した菌の細胞は縮小し、細胞の構造にも変化が見られたとされています。また、細胞膜に孔(あな)が形成されることで、菌の内部にあるタンパク質が漏れ出す現象も確認されました。加えて、この抽出物は菌のゲノムDNAを分解する作用も示したと報告されています。

抗菌作用は細胞の損傷だけにとどまりませんでした。EAE-P2NS8をMICの濃度で作用させたところ、VP菌(ATCC 17802株)のバイオフィルム形成(菌が集まって膜状の集合体を作る現象)を85.7%抑制したとされています。さらに、MICの2倍の濃度では、菌の運動性を完全に阻害し、2時間以内にVP菌(ATCC 17802株)を死滅させたことも示されています。加えて、VP菌(PSU 3952株)が持つ溶血性(赤血球を破壊する性質)についても、MICの4分の1、2分の1、そして1倍の濃度のEAE-P2NS8によって低下したと報告されています。

この研究の位置づけと読むうえでの注意

これらの結果から、研究チームは内生菌F. concentricum P2NS8が生み出す代謝産物が、VPに対する抗菌剤としての可能性を持つと結論づけています。ただし、これはあくまで実験室内で行われた基礎研究の段階であり、実際の食品や調理環境、あるいはヒトの体内でどのような効果を示すかについては、この要旨だけでは言及されていません。この研究が示しているのは、あくまで「特定の菌株を用いた条件下での抗菌作用の観察結果」であり、一つの研究として結論が確定したわけではない点に留意が必要です。

とはいえ、植物の内側にひっそりと棲む微生物が、食の安全に関わる病原菌を抑える力を秘めているかもしれないという発想は、微生物の世界の奥深さを感じさせてくれます。今後、こうした内生菌由来の物質が食品分野でどのように活用されていくのか、続報が注目されるところです。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。出典(原著論文):Piper betle Linn由来の内生菌Fusarium concentricum抽出物によるVibrio parahaemolyticus阻害と多標的作用機序(ジャーナル・オブ・アグリカルチャー・アンド・フード・リサーチ・2026年07月)

著者:Ankita Singh(International Center of Excellence in Seafood Science and Innovation, Faculty of Agro-Industry, Prince of Songkla University, Hat Yai, Songkhla, 90110, Thailand)、Gururaj Moorthy(International Center of Excellence in Seafood Science and Innovation, Faculty of Agro-Industry, Prince of Songkla University, Hat Yai, Songkhla, 90110, Thailand)、Sita Preedanon(National Biobank of Thailand (NBT), National Science and Technology Development Agency (NSTDA), Khlong Nueng, Khlong Luang, Pathum Thani, 12120, Thailand)、Jirakrit Saetang(International Center of Excellence in Seafood Science and Innovation, Faculty of Agro-Industry, Prince of Songkla University, Hat Yai, Songkhla, 90110, Thailand)、Soottawat Benjakul(International Center of Excellence in Seafood Science and Innovation, Faculty of Agro-Industry, Prince of Songkla University, Hat Yai, Songkhla, 90110, Thailand)、Jirayu Buatong(International Center of Excellence in Seafood Science and Innovation, Faculty of Agro-Industry, Prince of Songkla University, Hat Yai, Songkhla, 90110, Thailand; Corresponding author.)