魚介類の食中毒原因として知られる腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus)は、世界各地で食の安全を脅かす存在です。加熱や薬剤による従来の対策には、食品の風味や栄養を損なったり、薬剤耐性菌の出現や環境汚染につながったりする課題があるとされています。こうした背景のもと、ウイルスの一種である『バクテリオファージ』が持つ酵素を活用し、細菌をピンポイントで攻撃する新しい生物学的アプローチが注目されています。今回紹介する研究は、ビブリオ属菌に感染するファージの遺伝情報から新規酵素を発見し、既存の抗生物質と組み合わせて効果を検証したものです。

研究でわかったこと

研究チームは、163種類のビブリオファージのゲノムを網羅的に調べる『ゲノムマイニング』という手法により、168個の候補となるエンドリシン遺伝子(細菌の細胞壁を分解する酵素の遺伝子)を見つけ出しました。その中から、LysMD30と名付けられた酵素を酵母(Pichia pastoris)を使って作らせることに成功したと報告されています。この酵素は、ビブリオ属菌に感染するファージ由来のL-アラニル-D-グルタミン酸ペプチダーゼとして初めて特徴づけられたものだとされています。

LysMD30は細菌の細胞壁成分(ペプチドグリカン)を分解する働きを持っていたものの、単独では細菌を殺す力(殺菌活性)は持たないことが確認されました。ところが、抗生物質の一種であるコリスチンと組み合わせると話は変わり、腸炎ビブリオをはじめ、V. harveyiやV. alginolyticusといった複数の病原性ビブリオ属菌に対して、幅広く相乗的な抗菌効果を示したと報告されています。具体的には、コリスチン単独で必要だった濃度(16〜32 μg/mL)が、LysMD30との併用によって4〜8 μg/mLへと、4分の1程度にまで減らせたとされています。

この併用による殺菌のスピードも特徴的で、わずか5分で急速な溶菌(細菌が壊れること)が始まり、濁度の減少の大部分は20分以内に起きたと報告されています。さらに、ポリスチレン製・ステンレス製いずれの表面上に形成されたバイオフィルム(細菌が作る膜状の集合体)に対しても、1時間以内に生菌数を3桁(log単位)以上減少させる効果が確認されたとされています。生きた昆虫(ガレリア・メロネラ)を用いた感染モデルの実験では、この併用処置によって致死量のビブリオ感染に対し100%の防御効果が得られ、生体への安全性も良好であったと報告されています。

加えて、LysMD30という酵素自体の安定性も調べられており、85℃でも約37%の活性を維持し、pH5.0〜8.0の範囲で90%以上、800 mMという高い塩濃度でも60%以上の活性を保ったとされています。また、腸炎ビブリオを繰り返し薬剤にさらす実験(継代培養)では、この併用によってコリスチンへの耐性が生じるのを遅らせる効果もみられたと報告されています。

この研究の位置づけ・読むうえでの注意

本研究は、実験室内での培養細菌や昆虫を用いた感染モデルでの検証結果であり、要旨の中で人での効果や安全性については述べられていません。あくまで一つの研究成果であり、今後の研究や実用化に向けた検証が必要な段階と考えられます。また、この記事は要旨に記載された内容の紹介にとどまるものであり、特定の食品や成分の効能を保証するものではありません。

まとめ

この研究では、ビブリオファージのゲノム情報から新たに見つかった酵素LysMD30が、単独では殺菌力を持たないものの、抗生物質コリスチンと組み合わせることで、腸炎ビブリオなど複数の病原性ビブリオ属菌に対して強い相乗効果を発揮することが示されたと報告されています。バイオフィルムの除去や薬剤耐性の出現遅延といった効果も確認されており、食品加工や養殖現場でのビブリオ対策における新たな選択肢として位置づけられる研究といえそうです。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:コリスチンと併用したゲノムマイニング由来エンドリシンLysMD30:腸炎ビブリオに対する相乗的抗菌・抗バイオフィルム活性(アプライド・アンド・エンバイロメンタル・マイクロバイオロジー・2026年07月)