著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Foods
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
天麻(学名ガストロディア・エラタ、和名オニノヤガラ)は、中国南西部の雲南省や貴州省を主な産地とする東アジアの代表的な伝統生薬です。伝統医学ではめまいなどに用いられてきたほか、薬膳スープなど食文化にも取り入れられています。著者らによると、2023年11月に中国の「薬食同源」目録に加わり、健康食品分野での活用も広がりつつあります。
生の天麻は水分と多糖類が多いため、酵素による褐変が起こりやすく、保存性もよくありません。そのため、使う前に「炮製」と呼ばれる伝統的な加工が施されます。論文は、これまでの天麻研究が乾燥条件の最適化や個別成分の分析に偏っていたと指摘しています。加工法の違いが風味の変化やその背景の化学的な仕組みにどう影響するかは、体系的に調べられてこなかったといいます。
そこで研究チームは、代表的な三つの加工法、すなわち蒸す方法、水を含ませて柔らかくする方法(潤法)、小麦のふすまと一緒に炒める方法(麩炒)を取り上げました。生の天麻と比べながら、組織の構造、水の状態、成分、におい・味の応答がどう変わり、互いにどう関係するかを明らかにすることを目指しました。
何をどのように調べたか
試料は雲南省昭通市で収穫された同じロットの天麻です。蒸す処理では100℃の蒸気で20分間蒸し、約5ミリの厚さに切ってから50℃の熱風で水分約15%まで乾燥させました。潤法では、天麻100グラムに水40ミリリットルを吹き付けて24時間なじませ、切ってから同じ条件で乾燥しました。麩炒では、煙が出るまで熱したふすまに薄切りの天麻を入れて手早く炒め、表面が濃い黄色になったところで取り出しました。
組織の表面は走査型電子顕微鏡で観察しました。内部の水の状態は低磁場核磁気共鳴(水素原子の信号から水がどれだけ動きやすいかを調べる手法)で評価し、水を「結合水」「固定化された水」「自由水」の三つに分けて割合を求めました。結合水は組織の成分に強く結び付いた水、固定化された水は構造の中に閉じ込められた水、自由水は比較的自由に動ける水を指します。
成分としては、天麻の主要な有効成分とされるガストロジンと、その関連物質であるp-ヒドロキシベンジルアルコール(HBA)、デンプン、水に溶ける多糖類、総ポリフェノール、総フラボノイド、たんぱく質を測定しました。においと味は、センサーで全体の応答パターンをとらえる電子鼻と電子舌で評価しました。さらに、揮発性成分と非揮発性の代謝物を網羅的に調べる質量分析も組み合わせています。
主な結果
顕微鏡で見ると、生の天麻は細胞が整然と並び、デンプン粒が均一に分布していました。蒸した天麻では細胞の境界が一部融合し、デンプンが糊化して表面を膜や塊のように覆っていました。潤法の天麻は細胞の輪郭や維管束がほぼ保たれ、多孔質の構造が残っていました。麩炒の天麻では元の蜂の巣状の構造が消え、しわの寄った緻密な層と粒状の突起に覆われていました。著者らはこの変化を、加熱によるメイラード反応(糖とアミノ酸などが反応して色や香りを生む反応)や急速な脱水によるものと説明しています。
水の状態も加工法ごとに大きく異なりました。生の天麻では水の97.93%が自由水でした。蒸した天麻では自由水が2.62%まで減り、結合水が48.25%、固定化された水が49.12%を占めました。潤法では自由水が48.64%となり、固定化された水が2.02%から47.17%へ増えました。麩炒では自由水が10.33%に減り、結合水が44.83%に増えました。著者らは、蒸す処理ではデンプンの糊化でできた網目構造に水が取り込まれ、麩炒では表面の緻密な層の形成などが関わっていると考察しています。
成分では、潤法の天麻がガストロジン(0.38%)とHBA(4.16%)で最も高い値を示し、ほかの加工群より有意に多くなりました。麩炒の天麻は総フラボノイド、たんぱく質、デンプン、総ポリフェノールが最も多くなりました。著者らは、乾熱による脱水で成分が濃縮された影響を挙げています。蒸した天麻は多くの成分が比較的低い値でした。水に溶ける多糖類は、どの加工群よりも生の天麻で多くなりました。なお論文は、ポリフェノールとフラボノイドの測定法はほかの物質の影響を受けうるとしています。そのため、これらの値は絶対量ではなく、同じ条件で比べるための目安として扱うよう注意を促しています。
においと味にも加工法の違いが表れました。電子鼻では、潤法が天麻本来の穏やかな香りを保ちやすく、蒸す処理では芳香に関わる応答が強まりました。麩炒では硫黄や窒素を含む化合物などへの応答が高まり、香ばしく複雑な香りの傾向を示しました。電子舌では、麩炒の天麻が苦味やその後味の応答で有意に高く、こくや塩味の応答も比較的強く出ました。蒸した天麻の応答は全体に生の天麻より低く、潤法の天麻は生の天麻に近い味の傾向を保っていました。
研究が示すこと
この研究は、同じ天麻でも加工法によって組織の壊れ方や水の状態が変わり、それが成分や風味の違いと結び付いていることを示しました。穏やかな潤法は構造を保ってガストロジンやHBAを多く残し、生に近い風味を維持しました。麩炒は風味を濃く複雑にしました。蒸す処理は組織を大きく変え、多くの成分が低い値になりました。著者らは、これらの知見が天麻を食品素材として活用する際の品質管理や加工法の選択の科学的な手がかりになるとしています。
原著論文の著者・所属:Weiqian Wang(College of Food Science and Technology, Yunnan Agricultural University, Kunming 650201, China; Yunnan International Joint Laboratory of China-Cambodia Signiture Agro-Products Green Development, Kunming 650201, China)、Jia Liu(College of Science, Yunnan Agricultural University, Kunming 650201, China)、Muhammad Aaqil(College of Food Science and Technology, Yunnan Agricultural University, Kunming 650201, China)、Siyu Zhou(College of Food Science and Technology, Yunnan Agricultural University, Kunming 650201, China)、Xinyu Wei(College of Food Science and Technology, Yunnan Agricultural University, Kunming 650201, China)、Linyu Li(College of Food Science and Technology, Yunnan Agricultural University, Kunming 650201, China)、Zengzeng Chen(College of Food Science and Technology, Yunnan Agricultural University, Kunming 650201, China)、Jun Sheng(College of Food Science and Technology, Yunnan Agricultural University, Kunming 650201, China)、Yang Tian(College of Food Science and Technology, Yunnan Agricultural University, Kunming 650201, China; Yunnan Key Laboratory of Precision Nutrition and Personalized Food Manufacturing, Yunnan Agricultural University, Kunming 650201, China)、Cunchao Zhao(College of Food Science and Technology, Yunnan Agricultural University, Kunming 650201, China; Yunnan International Joint Laboratory of China-Cambodia Signiture Agro-Products Green Development, Kunming 650201, China; Yunnan Key Laboratory of Precision Nutrition and Personalized Food Manufacturing, Yunnan Agricultural University, Kunming 650201, China; Yunnan Plateau Characteristic Agricultural Industry Research Institute, Kunming 650201, China)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Weiqian Wang, Jia Liu, Muhammad Aaqil, et al. Changes in the Quality Characteristics of Gastrodia Elata During Traditional Processing: Insights from Multi-Omics Integration. Foods 2026-07-31. DOI: 10.3390/foods15152704. 原著ライセンス:CC BY.