赤ちゃんに母乳を与えられない場合、他の人から提供された母乳(ドナーミルク)を活用することを世界保健機関(WHO)やユニセフなどは強く推奨しています。しかし母乳には細菌やウイルスも含まれており、「感染のリスクがあるのでは」という不安を持つ人も少なくありません。オーストラリアの研究者らは、母乳育児や母乳の共有(授乳を代わりに行う「もらい乳」や、搾乳して保存・提供するドナーミルクなど)に伴う生物学的リスクについて、既存の文献を幅広く見直す研究を行いました。

どのような場面を対象に調べたのか

この研究では、母乳が赤ちゃんに渡るまでの経路を大きく3つの場面に分けて、それぞれのリスクに関する証拠を検討しています。1つ目は、搾乳や加工をせず、母親自身や乳母から直接授乳される新鮮な母乳(母乳育児やもらい乳)です。2つ目は、搾乳したのち加工せずに摂氏4度未満で保存し、飲ませる直前まで保管された母乳です。3つ目は、低温殺菌など何らかの熱処理によって加工された母乳です。この3つの場面ごとに、母乳に含まれる微生物やウイルスがどの程度の健康リスクをもたらしうるかを、これまでの研究報告に基づいて整理しています。

研究で示された内容

整理の結果、いくつかのウイルス感染や梅毒による汚染という例外を除けば、母乳育児は赤ちゃんに栄養を与える方法として最も安全な部類に入ると報告されています。母乳には多様な細菌やウイルス(本来なら病気を引き起こしうる微生物を含む、いわゆるマイクロバイオームやウイルオーム)が存在するものの、それ自体が直ちに問題になるわけではないとされています。また、提供者が適切な健康チェック(スクリーニング)を受けている場合、乳母による授乳は母親自身の授乳とほぼ同程度のリスク水準にとどまるとされました。搾乳した生乳を摂氏4度未満で保存する方法については、細菌の増加は見られるものの、提供者の情報を把握し、受け渡しの各段階を丁寧に管理すれば、追加的なリスクは小さく、特に資源が限られた状況では牛乳由来の人工乳(粉ミルクなど)を使うよりもリスクが低いと考えられると報告されています。一方で、提供者が誰か分からない状態でのドナーミルクの利用には、それに応じた追加のリスクがあると指摘されています。こうしたリスクを下げる方法として熱による低温殺菌が用いられますが、この処理によって母乳がもともと持つ感染防御に関わる成分が失われる可能性もあり、リスク低減と成分の保持はトレードオフの関係にあると論じられています。

この研究をどう読むか

著者らは、非公式・公式を問わず母乳の共有について語られてきた生物学的リスクは、これまで過大に見積もられてきた可能性があると結論づけています。また、母乳のリスクだけを取り上げて論じるのではなく、粉ミルクなど代替となる授乳方法全体のリスクと比較して考える必要があると指摘しています。この研究は既存の文献を整理・検討したものであり、著者ら自身が新たな実験や臨床試験を行ったものではありません。特定の集団や症例数を対象にした調査ではなく、あくまで一つの視点からの文献レビューである点に留意する必要があります。

まとめ

この研究は、母乳育児や母乳の共有に伴う感染などの生物学的リスクについて、場面ごとに整理し直したものです。適切な提供者の選定や保存・受け渡しの管理があれば、母乳を介したリスクは従来考えられていたほど大きくない可能性が示唆されていますが、これは一つの文献レビューによる知見であり、個別の育児判断において医療専門家への相談に代わるものではありません。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:John Cassey, Richard Banati. The Benefits and Biological Risks in Breastfeeding and Sharing Human Milk: Have We Got it Right?. ヒューマン・ラクテーション・ジャーナル (2026). DOI: 10.1177/08903344261451926.