クロラムフェニコールは、幅広い種類の細菌に効く抗生物質として長く使われてきた薬剤です。ただしこの薬には再生不良性貧血や遺伝毒性・発がん性への懸念といった深刻な副作用が知られており、多くの国で食用動物への使用が規制されています。それでも土壌や地下水、排水などの環境中からこの薬剤の残留が検出される例が報告されており、牛乳のような食品中に微量に混入していないかを簡便に調べる技術が求められています。ブラジルの研究チームが、フードアナリティカルメソッズ誌(2026年8月掲載予定)に発表した研究では、炭素材料を使った小型の電気化学センサーで牛乳中のクロラムフェニコールを検出する方法を検討しています。
どのようなセンサーを作ったのか
研究チームが使ったのは、グラッシーカーボン電極という炭素製の電極に「カーボンブラック」という炭素材料を薄く塗って作ったセンサーです。カーボンブラックはグラファイト(黒鉛)状の炭素と非晶質の炭素が混ざったナノ粒子で、電気を通しやすく表面積が広いという特徴があります。作製方法はシンプルで、カーボンブラック1mgを水に分散させて超音波処理し、その液体8マイクロリットルを電極表面に垂らして2時間乾燥させるだけです。走査型電子顕微鏡による観察では、カーボンブラックは平均粒径約25ナノメートルの球状粒子が寄り集まり、10〜100マイクロメートルほどの多孔質な塊を作っていることが確認されました。また水滴を垂らして表面のぬれ方を調べる接触角測定では、無加工の電極が71度だったのに対し、カーボンブラックを塗った電極は150度と、水をはじきやすい性質に変化していました。
電気化学的な性能を比べる基礎実験では、カーボンブラックを塗った電極は無加工の電極に比べて、電気化学反応が起こる実効的な表面積が約3.4倍、電子の受け渡しの速さを示す指標も約16倍に向上したことが示されました。実際にクロラムフェニコールを含む溶液を測定すると、無加工の電極ではほとんど信号が現れなかったのに対し、カーボンブラックを塗った電極ではマイナス0.65ボルト付近にはっきりとした還元反応のピークが観察されています。このピークは、クロラムフェニコール分子中のニトロ基が水素と反応して変化する過程に対応すると説明されています。
牛乳での検出結果と検出できる濃度の範囲
ph(酸性・アルカリ性の度合い)を7.0に調整した緩衝液中で条件を最適化したところ、このセンサーは0.05〜87.0マイクロモル毎リットルという濃度範囲で、クロラムフェニコールの濃度に応じて電流が比例的に変化することが確認されました。理論上検出できる最小濃度(検出限界)は0.0012マイクロモル毎リットルと算出されており、これは非常に低い濃度まで捉えられる感度であることを示しています。同じ電極で10回繰り返し測定した際のばらつきは5.1%、別々に作った5本の電極間のばらつきは4.7%であり、10日間保存した後でも最初の86.5%の反応が保たれていたと報告されています。
実際に市販の牛乳サンプル3種類を使った実験では、あらかじめクロラムフェニコールを含まないことを確認したうえで既知量を加え、どれだけ正確に測定し直せるか(回収率)を調べました。その結果、回収率は91.7%から106.7%の範囲に収まったとされています。また、抗生物質のアモキシシリンやテトラサイクリン、牛乳に含まれるカゼインというタンパク質、乳酸や尿酸、ブドウ糖、ナトリウムやカルシウムなどのイオンを混ぜても、目的のクロラムフェニコールの信号への影響は比較的小さかったと報告されています。研究チームは、この結果は牛乳のような複雑な組成を持つ食品中でもこのセンサーが実用的に機能する可能性を示すものだとしています。
この研究をどう受け止めるか
この研究は、グラフェン酸化物や金ナノ粒子、カーボンナノチューブなど、より複雑な合成手順を必要とする既存のセンサー材料と比較して、カーボンブラックを塗るだけというシンプルな作り方でも同等かそれ以上の検出性能が得られたと位置づけられています。ただし、これは実験室内で市販の牛乳を用いて行われた基礎研究であり、実際の乳製品検査の現場や、より多様な食品での性能、長期間の運用における安定性などについては、この論文だけでは判断できません。著者らも、他の食品への応用可能性を広げるためのさらなる研究が必要だと述べています。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Déborah Oliveira Lopes, Felipe Magalhães Marinho, Jéssica Rocha Camargo, et al. Rapid Electrochemical Screening of Chloramphenicol in Milk Using a Carbon Black Modified Glassy Carbon Electrode. フードアナリティカルメソッズ (2026). DOI: 10.1007/s12161-026-03223-4. 原著ライセンス: cc-by.