著者の所属・活動拠点の国は、韓国です。

掲載誌:Journal of Microbiology and Biotechnology

ライセンス: CC BY 確認元: OpenAlex

研究の目的

パンづくりでは、生地を膨らませる力が強く、工業的にも安定して使えるパン酵母(サッカロミセス・セレビシエ)が広く用いられてきました。一方で、一種類の酵母に頼り続けることで、パンの風味が画一的になるという懸念も指摘されています。そこで注目されているのが、パン酵母以外の「非サッカロミセス酵母」です。なかでもウィッケルハモミセス・アノマルスは、果実のような香りをもたらすエステル類、特に酢酸エチルを多く作ることで知られています。

ただし、こうした酵母は単独では発酵力が弱いことが多く、パン酵母と一緒に発酵させる「共発酵」が検討されてきました。これまでの共発酵の研究は主にワインや果実酒、中国の蒸留酒である白酒などの飲料が中心でした。パンは、グルテンの網目構造の形成、ガスの発生と保持、焼成による香り成分の揮発といった、飲料とは異なる過程を経ます。そのため、飲料で見られた効果がパンでも現れ、焼き上がり後の香りにまで残るのかは分かっていませんでした。

研究チームは、韓国で分離されたアノマルスの菌株がパン酵母との共発酵でパンの風味を高められるかを調べることを目的に、増殖の速さ、生地を膨らませる力、香り成分、パンの品質を分析しました。

どのように調べたか

まず、パン生地を模した液体培地で各菌株の増殖の速さとガスの発生量を測り、比較用の既存株(KCTC27761)と同等以上の成績を示した菌株を選びました。あわせて、血液を含む寒天培地で赤血球を壊す性質(溶血性)の有無も確認しました。この段階で、NIYL11942、NIYL11971、NIYL25845の3株が残りました。

次に、パン酵母とアノマルスの接種量の組み合わせを変えた生地を作りました。比較したのは、パン酵母だけ、アノマルスだけ、両方を半量ずつ入れた共発酵などの条件です。生地については、ガス発生量で膨らむ力を測り、電子鼻と呼ばれる香り成分の分析装置で揮発性成分の傾向を比べました。さらに一部の条件ではミルクパンを焼き、体積、焼成による重量の減り方、色、食感を測定しました。香り成分は、ガスクロマトグラフィー質量分析法で量を測りました。

主な結果

アノマルスの多くの菌株はパン酵母より速く増殖しましたが、ガスの発生量はパン酵母より少ない結果でした。一方、両方を半量ずつ入れた共発酵の生地では、パン酵母だけの生地よりもガス発生量が多くなりました。最も多かったのはNIYL11971との共発酵で約306mL、次いでNIYL11942との共発酵で約299mLでした。

生地の香り成分を比べると、パン酵母だけの生地とアノマルスだけの生地は明確に異なる傾向を示し、共発酵の生地はその中間に分布しました。生地を区別する主な成分として、酢酸エチル、アセトイン、アセトアルデヒドなどが挙がりました。酢酸エチルは共発酵の生地のほうがパン酵母だけの生地より多く、なかでもNIYL25845との共発酵で最も多くなりました。反対に、アセトインとアセトアルデヒドはパン酵母だけの生地で多く見られました。研究チームは、膨らむ力と香りの特徴のバランスが良いと判断したNIYL25845を、パンの焼成試験に用いました。

焼き上がったパンでは、NIYL25845との共発酵パンの比容積(重さあたりの体積)が1gあたり3.76mLで、パン酵母だけのパンと同程度でした。比容積が最も大きかったのはNIYL25845だけで発酵させたパン(1gあたり4.04mL)でしたが、このパンは焼成による重量の減少も最も大きく、8.18%でした。NIYL25845との共発酵パンは重量の減少が2番目に大きく、反対に、比較用の既存株KCTC27761を使ったパンは単独発酵・共発酵とも重量の減少が最も小さい結果でした。アノマルスを使ったパンは、パン酵母だけのパンより表皮の色が明るく黄色みを帯びる傾向を示しました。硬さ、弾力、かみごたえには発酵条件による有意な差は見られませんでした。

パンの香り成分では、共発酵パンで酢酸エチルと酢酸イソアミル(いずれも果実様の香りをもつエステル)がパン酵母だけのパンより多く含まれていました。酢酸エチルはNIYL25845との共発酵パンで最も多く、約3.80ppmでした。一方、アノマルスだけのパンでは酢酸エチルが少なく、花のような香りに関わる酢酸フェニルエチルやフェニルエチルアルコールが多い結果でした。

結果が意味すること

著者らは、飲料で報告されていた共発酵によるエステル増加が、焼成という全く異なる過程を経たパンでも残ったことを、この研究の重要な新しい知見としています。また、NIYL25845との共発酵は、パンの体積や食感をパン酵母だけの場合と同程度に保ちながら、果実や花のような香りの特徴を高めたとしています。

ただし、共発酵パンに含まれていた酢酸エチルの量は、人が香りを感じ取れる濃度の目安を下回っていたため、パンの風味への直接の寄与は限られると著者らは述べています。また、共発酵で酢酸エチルが増える仕組みについては、酵素の働きや代謝経路を調べていないため、まだ解明されていません。

それでも論文は、パン酵母以外の酵母を組み合わせることで、パンの基本的な品質を損なわずに香りの幅を広げられる可能性を示しています。NIYL25845は、そうしたパン発酵用の候補株として有望だと結論づけられています。

原著論文の著者・所属:Jeong-Ah Yoon(Institute of Fermentation and Brewing, Kangwon National University, Chuncheon 24341, Republic of Korea)、Young Ho Seo(Department of Mechanical Convergence Engineering, Kangwon National University, Chuncheon 24341, Republic of Korea)、Myoung-Dong Kim(Department of Food Science and Biotechnology, Kangwon National University, Chuncheon 24341, Republic of Korea; Institute of Fermentation and Brewing, Kangwon National University, Chuncheon 24341, Republic of Korea)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Jeong-Ah Yoon, Young Ho Seo, Myoung-Dong Kim. Co-Fermentation of Wickerhamomyces anomalus and Saccharomyces cerevisiae in Bread Dough: Effects on Ethyl Acetate Production and Flavor Enhancement. Journal of Microbiology and Biotechnology 2026-07-30. DOI: 10.4014/jmb.2604.04026. 原著ライセンス:CC BY.