朝鮮人参(高麗人参)を蒸しては乾かす工程を九回繰り返してつくる「黒参(こくじん)」は、中国や東アジアで古くから知られる加工人参の一種です。この蒸曝(じょうばく)を繰り返す過程で、人参特有の青臭さが弱まり、香ばしさや甘い香りが生まれてくることが経験的に知られていますが、その香り成分がどのタイミングで、どのように変化しているのかを化学的に追跡した研究は限られていました。今回紹介する研究は、香りを検出する分析装置とデータ解析の手法を組み合わせて、九蒸九曝の間に揮発性香気成分がどのように移り変わるのかを調べたものです。
どのように調べたのか
研究チームは、ヘッドスペースガスクロマトグラフィー・イオン移動度分析法(HS-GC-IMS)という手法を用いて、九蒸九曝の各工程(1回目から9回目まで)における揮発性香気成分を測定しました。この分析により、単量体・二量体・多量体を含む84種類の揮発性シグナルが暫定的に特定され、そのうち73種類の化合物については量の目安となる半定量値が得られました。
得られたデータは、主成分分析(PCA)という統計手法でまず整理されましたが、この方法だけでは工程ごとのまとまりがはっきりせず、香りの変化を十分に読み解くことはできませんでした。そこで、部分最小二乗判別分析(PLS-DA)という別の統計モデルを用いたところ、九回の工程を「初期(1〜3回目)」「中期(4〜6回目)」「後期(7〜9回目)」という3つの段階として明確に区別できることが示されました。
研究でわかったこと
VIP値が1を超え、かつ分散分析(ANOVA)でq値が0.05未満という統計的な基準にもとづいて、変化の大きい29種類の香気成分(主要差異化合物)が選び出されました。これらは、工程が進むにつれて量が減っていくもの、途中だけ一時的に増減するもの、最後まで蓄積し続けるものの3つのグループに分類され、それぞれ次のような香りの移り変わりに対応すると考えられました。まず1〜3回目にかけて青臭さのもとになる成分が消えていく段階、続いて4〜6回目にかけて焙煎香や麦芽のような香りを生む成分が生成される段階、そして7〜9回目にかけて最終的にできた成分が蓄積し、香りが安定していく段階です。
さらに、ROAV(相対的な香りへの寄与度を示す指標)を用いた解析では、量として多く検出される成分と、実際に香りへの影響が大きい成分が必ずしも一致しないことが示されました。たとえば、メイラード反応(加熱によって糖とアミノ酸が反応し、香ばしい香りや色を生む反応)でできるマルトールという成分は量としては多く検出されたものの、ROAVは0.0003未満と非常に小さく、香りへの寄与は限定的と考えられました。一方で、エステル類やアルデヒド類はROAVの値が高く、果実様・甘い・麦芽様といった香りに重要な役割を果たしている可能性が示唆されました。また、マルトールとα-セドロールという成分の比(M/C比)は、7回目の蒸し工程を境に一桁大きく増加することが確認され、さらに色を表す指標であるE*abは、エステル類の蓄積量と負の相関関係を示しました。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究は、黒参の製造工程における香気成分の変化を化学分析によって記述したものであり、得られた指標(M/C比や色の変化とエステル類の関係など)は、香りの品質管理や工程の終点を判断するための手がかりとして提案されています。ただし、これは一つの研究であり、香りの良し悪しや健康への効果を直接評価したものではありません。今回示された段階分けや指標が、他の原料や製造条件でも同様に当てはまるかどうかについては、この要旨の範囲では述べられていません。
まとめ
この研究では、黒参を九回蒸して乾かす伝統的な製法の中で、香り成分が「青臭さの消失」「焙煎・麦芽様香気の生成」「香りの安定化」という3つの段階を経て変化していく様子が、化学分析によって裏付けられました。量として多い成分と香りへの寄与が大きい成分が異なるという知見や、マルトール/α-セドロール比といった具体的な指標は、今後の黒参づくりにおける品質管理の参考情報になると考えられます。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:HS-GC-IMSとケモメトリクスに基づく黒参の九蒸九曝過程における揮発性香気成分の動的変化(フーズ・2026年08月)