著者の所属・活動拠点の国は、イタリアです。
掲載誌:Frontiers in Nutrition
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
インスリン抵抗性に食事の面から迫る
インスリンは膵臓のβ細胞から分泌されるホルモンで、食後に増えた血液中のブドウ糖を肝臓、脂肪組織、骨格筋などに取り込ませ、血糖値を正常な範囲に戻す役割を担います。糖だけでなく、脂質の代謝やたんぱく質の合成など、体内のさまざまな「つくる」働きにも関わっています。
インスリン抵抗性とは、インスリンが十分にあっても筋肉や脂肪組織がブドウ糖をうまく取り込めず、肝臓からの糖の放出も抑えにくくなった状態を指します。体はこれを補おうとしてインスリンを余分に分泌します。著者らによると、インスリン抵抗性は肥満、2型糖尿病、メタボリックシンドローム、心血管疾患、脂肪肝、多嚢胞性卵巣症候群などと関連し、多くの代謝疾患の土台にある仕組みと位置づけられています。
発症には遺伝的な要因と、食事、運動不足、加齢といった環境要因が絡み合っています。著者らは、環境要因が発症の引き金になる一方で、予防や対策の手がかりにもなると指摘します。この総説は、食品に含まれる生理活性成分がインスリン抵抗性にどのような仕組みで働きかけうるのか、また予防にどこまで役立ちうるのかを、これまでの研究をもとに整理することを目的としています。
広がるインスリン抵抗性と社会への影響
著者らはまず、インスリン抵抗性がどれほど広がっているかを既存の研究からまとめています。引用された系統的レビューでは、世界全体の有病率は26.53%と報告されています。米国の全国健康栄養調査(NHANES)の分析では18〜44歳の成人の約4割にインスリン抵抗性がみられ、肥満の人に限った問題ではないことが示されています。糖尿病や前糖尿病のない米国の青少年でも、指標の一つであるHOMA-IRで判定したインスリン抵抗性の割合が、1999〜2000年の14.0%から2017〜2020年には20.4%へ増えていました。
地域差も大きく、ガーナ北部の成人では7.6%と低い一方、都市化が進んだ地域や欧米社会では25〜45%と高い値が報告されています。ただし低・中所得国でも急速に増えていることが紹介されています。また、インスリン抵抗性の世界的な有病率は糖尿病の約3倍と推定されています。
英国の大規模データ(UKバイオバンク)で約43万人を追跡した研究では、インスリン抵抗性が26の疾患と関連していたことが紹介されています。これらを踏まえ著者らは、インスリン抵抗性を単なる「病気の手前の状態」ではなく、働きかけによって変えられる健康の決定要因として捉えるべきだと述べています。
体の中で何が起きているのか
総説の中心となるのは、インスリン抵抗性の仕組みの整理です。通常、インスリンが細胞表面の受容体に結合すると、細胞内で信号が次々と伝わり、筋肉ではブドウ糖を取り込む運び役(GLUT4)が細胞表面へ移動し、肝臓では糖の新たな合成が抑えられ、脂肪組織では脂肪の分解が抑えられます。インスリン抵抗性では、この信号の伝わり方が途中で妨げられています。
著者らは、その背景にある互いに結びついた要因を挙げています。一つは「脂肪毒性」で、余分な脂質が肝臓や筋肉など本来ためるべきでない場所にたまり、そこで生じる脂質の中間物質がインスリンの信号を邪魔します。もう一つは慢性的な弱い炎症で、炎症を伝える物質や酵素がインスリンの信号に関わるたんぱく質の働きを抑えます。さらに、細胞を傷つける活性酸素が過剰になる酸化ストレスや、エネルギーをつくるミトコンドリアの機能低下も関与し、これらが互いに強め合う悪循環をつくると説明されています。
加えて、DNAの配列そのものを変えずに遺伝子の働き方を調節する「エピジェネティクス」と呼ばれる仕組みや、小さなRNA分子による調節も、インスリン抵抗性や炎症に関わることが紹介されています。著者らは、こうした調節が栄養によって変わりうる点を、食事による介入の手がかりとして示しています。植物性中心の食事が、DNAの化学的な目印から推定される「生物学的な老化」の遅さやインスリン感受性の良さと関連していたという報告も取り上げられています。
食事による予防という視点
著者らは、インスリン抵抗性が栄養の偏りと深く関わることから、食品中の生理活性成分や機能性食品が予防策として有望だと述べています。これらの成分は、慢性炎症、酸化ストレス、腸内細菌の構成、糖の代謝に働きかけるものとして研究が進められています。例として、植物に含まれるフラボノイドの摂取量が多いほど2型糖尿病の発症が少なかったという欧州の大規模研究(EPIC-InterAct)や、ポリフェノールが体重調節に関わるという報告が紹介されています。食事パターンとしては、地中海食がインスリン感受性との関係で最もよく調べられたものの一つとして取り上げられ、脂質の質の改善や炎症の軽減などを通じた影響が論じられています。
この総説から伝わるのは、インスリン抵抗性が脂質、炎症、酸化ストレスなど複数の仕組みが絡み合って生じる状態であり、だからこそ複数の経路に同時に働きかけうる日々の食事が、その早い段階での対策を考える重要な切り口になるという著者らの見方です。
原著論文の著者・所属:Vincenzo Aiello(Department for the Promotion of Human Science, Quality of Life San Raffaele Open University, Rome, Italy)、Mauro Lombardo(Department for the Promotion of Human Science, Quality of Life San Raffaele Open University, Rome, Italy)、Gilda Aiello(Department for the Promotion of Human Science, Quality of Life San Raffaele Open University, Rome, Italy)、Gianluca Tripodi(Department for the Promotion of Human Science, Quality of Life San Raffaele Open University, Rome, Italy)、Chiara Castelli(Department of Medicine and Health Sciences “Vincenzo Tiberio”, University of Molise)、Giulia Matarese(Department of Medicine and Health Sciences “Vincenzo Tiberio”, University of Molise)、Manuela Tamburro(Department of Medicine and Health Sciences “Vincenzo Tiberio”, University of Molise)、Giancarlo Ripabelli(Department of Medicine and Health Sciences “Vincenzo Tiberio”, University of Molise)、Sara Baldelli(Department for the Promotion of Human Science, Quality of Life San Raffaele Open University; IRCCS San Raffaele Roma)、Serena Castelli(Department for the Promotion of Human Science, Quality of Life San Raffaele Open University; IRCCS San Raffaele Roma)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Vincenzo Aiello, Mauro Lombardo, Gilda Aiello, et al. Dietary bioactive compounds targeting insulin resistance: mechanisms and preventive potential. Frontiers in Nutrition 2026-07-29. DOI: 10.3389/fnut.2026.1918360. 原著ライセンス:CC BY.