リンゴジュースやリンゴピューレなどのリンゴ加工品には、まれに「パツリン」と呼ばれるカビ由来の毒素が含まれることがあります。パツリンは特定のカビが産生する物質で、食品の安全性を確保するためには継続的な監視が欠かせません。こうした毒素の検出には従来、高性能な分析機器を使う方法が使われてきましたが、もっと手軽で低コストな検査手法は作れないか——という問いに取り組んだのが今回紹介する研究です。

研究チームは、使い捨てタイプの「スクリーン印刷電極」と呼ばれる小型の電気化学センサーに着目しました。これは電極パターンを印刷技術で基板上に形成したもので、比較的安価に量産できることが特徴です。研究では金・カーボン・白金という3種類の市販スクリーン印刷電極を比較したうえで、金のスクリーン印刷電極(Au/SPE)を中心に詳しく評価しています。

研究でわかったこと

まず3種類の電極でパツリンへの応答を比べたところ、金のスクリーン印刷電極が最も再現性の高いカソード応答(還元反応に伴う電気信号)を示したため、以降の詳しい検討はこの電極を用いて進められました。測定には「ブリトン・ロビンソン緩衝液」という酸性度(pH)を段階的に調整できる緩衝液を使い、パツリンが電極上で還元される反応をサイクリックボルタンメトリーという手法で記録しています。

走査速度(電圧を変化させる速さ)を変えて測定したところ、応答は理想的な反応パターンからは外れた、複雑な挙動を示しました。またpHを変えて測定した結果でも、反応は不可逆的であり、pHによって応答が変化することが確認されましたが、反応に関与するプロトンや電子の数、反応を律速している仕組みそのものまでは特定できなかったと報告されています。

実用面での評価としては、pH4.0の条件で検量線(濃度と信号の関係を表す線)がppb(10億分の1)単位という微量な範囲で直線性を示し、検出限界は0.42ppbと算出されました。また繰り返し測定した際の精度や、日を変えて測定した際の再現性も良好で、食品に含まれる一般的な糖類・酸・イオンによる妨害はほとんど見られなかったとされています。さらに、市販のリンゴジュースやリンゴピューレにパツリンを既知量添加して測定する「添加回収試験」でも、良好な回収結果が得られたと報告されています。

この研究の位置づけと読むうえでの注意

一方で著者らは、この手法の限界についても明確に述べています。カソード応答のピーク(信号が最も強く出る部分)は幅が広く、バックグラウンド信号と一部重なってしまうため、サイクリックボルタンメトリーを直接用いた分析の分解能には制約があるとされています。そのため、この研究で示された手法は、現場での実用検査法として検証が完了したものではなく、あくまで「概念実証」の段階に位置づけられると著者ら自身が述べています。

つまり、今回の結果は金スクリーン印刷電極がパツリン検出に一定の可能性を持つことを示すものではありますが、実際の食品検査に即座に使える確立された方法というわけではありません。ppb単位での直線性や低い検出限界という数値は好ましい結果ですが、反応の仕組みそのものが完全には解明されていない点や、信号の分解能に課題が残る点には注意が必要です。

まとめ

この研究は、安価で使い捨て可能な金スクリーン印刷電極を使い、リンゴ加工食品に混入しうるカビ毒パツリンを電気化学的に検出できるかを検証したものです。pH4.0の条件下でppb単位の検出感度や良好な再現性、市販食品での添加回収結果が示された一方、反応機構の詳細や信号分解能には未解明・未解決の部分が残っており、著者らはこれを実用検査法ではなく概念実証段階の成果と位置づけています。一つの研究として示された知見であり、今後さらなる検証が必要な段階にあるといえます。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Ayman H. Kamel, Eman M. El Gamil, Hossam Sayour, et al. Evaluation of unmodified commercial gold screen-printed electrodes for cyclic-voltammetric detection of patulin: analytical response and limitations. アラブ・ジャーナル・オブ・ベーシック・アンド・アプライド・サイエンシズ (2026). DOI: 10.1080/25765299.2026.2719980. 原著ライセンス: cc-by-nc.