腹部大動脈瘤(AAA)は、お腹の大動脈の壁が徐々に膨らんでいく病気で、自覚症状がないまま進行し、破裂すると命に関わることがあります。高齢、男性、喫煙、高血圧、動脈硬化性の病気などが発症のリスクを高めることは知られていますが、それ以外に見直しの余地がある要因は十分にわかっていません。今回、台湾の奇美医療財団などに所属する研究者らが、血液中のビタミンD濃度と腹部大動脈瘤の発症リスクとの関連を調べた研究を、フロンティアーズ・イン・ニュートリション誌に発表しました(2026年9月掲載予定)。
ビタミンDはカルシウムや骨の代謝に関わることでよく知られていますが、血管の炎症や酸化ストレス、血管を構成する細胞の働き、血管壁の材料であるコラーゲンなどの組織(細胞外基質)の入れ替わりにも関与すると考えられています。動脈瘤の形成には、炎症細胞の浸潤や、組織を分解する酵素(マトリックスメタロプロテイナーゼ)の活性化、血管壁の中膜が弱くなる変化が関わるとされ、動物を使った先行研究では、ビタミンD不足が大動脈瘤をより大きく、破裂しやすい性質にする可能性が指摘されていました。もっとも、人を対象にした研究の結果はこれまで一貫していませんでした。UKバイオバンクを使ったコホート研究では血中ビタミンD濃度と大動脈瘤発症の間に逆相関(濃度が高いほどリスクが低い関係)が報告された一方、ARIC研究という別の大規模コホートでは、ビタミンD関連の指標と大動脈瘤発症との間に明確な関連は見られなかったといいます。
どのように調べたのか
研究チームは、複数の医療機関の電子カルテを集めた国際的なデータベース「TriNetX」を利用しました。対象は50歳以上で、2010年から2023年の間に血中の25-ヒドロキシビタミンD濃度を測定したことがある人です。過去5年以内に医療機関を2回以上受診していることも条件とし、測定値が20ng/mL未満だった人を「ビタミンD欠乏」群、30ng/mL以上だった人を「正常」群としました。誤って一時的な低値を欠乏と判定しないよう、欠乏群では過去3年以内に20ng/mL以上の値が一度でもあった人を除外するなど、分類の精度を高める工夫もされています。
もともと動脈瘤や大動脈解離の診断歴がある人、腎不全や肝不全、クローン病、セリアック病などビタミンD代謝に影響する病気がある人、マルファン症候群など大動脈の病気につながる先天性疾患がある人などは対象から除外されました。また、測定から1年間は経過観察の対象外とする「ランドマーク法」を採用し、測定のきっかけが急な体調不良だった影響(逆の因果関係)を減らす工夫もされています。その上で、年齢や性別、肥満度、人種、高血圧、脂質異常症、糖尿病、喫煙、心血管疾患、腎機能、使用薬剤など多数の項目をそろえる「傾向スコアマッチング」という統計手法で両群の背景をできるだけ近づけ、最終的に欠乏群・正常群それぞれ46万6,332人を比較しました。マッチング後の平均追跡期間は欠乏群で6.01年、正常群で5.77年でした。
わかったこと
10年間の追跡で、腹部大動脈瘤を新たに発症した人の割合は、ビタミンD欠乏群で0.66%、正常群で0.45%でした。統計的な指標であるハザード比は1.40(95%信頼区間1.33〜1.48)で、欠乏群の方が発症リスクが高いという関連が示されました。この関連は、追跡期間中に亡くなった人を除いた解析、通院実績がある人に限った解析、CTや超音波検査を受けた人に限った解析、血液検査値(ヘモグロビン、HbA1c、アルブミン、腎機能を表すeGFR)も加味した解析など、複数の追加検証(感度分析)でも同様の傾向が保たれました。性別で分けても男女とも関連が見られ、年齢を50〜65歳と65歳超に分けた解析でも同様の傾向でした。
探索的な位置づけの追加解析では、大動脈瘤の破裂(ハザード比3.06)、大動脈解離(同1.34)、胸部大動脈瘤(同1.13)、あらゆる原因による死亡(同1.48)についても、ビタミンD欠乏群で高い値が見られました。一方、脳や末梢、内臓の動脈にできる「大動脈以外の動脈瘤」との関連は弱く、統計的にはっきりした差とは言えませんでした(ハザード比1.05、p=0.053)。この違いは、ビタミンD不足が動脈瘤全般というより大動脈に特有の変化と関連している可能性を示すものとして著者らは位置づけています。また、ビタミンD不足の指標的な結果として知られる「二次性副甲状腺機能亢進症」でも関連が見られた一方、比較のための対照として設定した虫垂炎では関連がごくわずかにとどまったことも報告されています。ビタミンD濃度が20〜30ng/mLの「不足(欠乏ほどではない)」の人で正常群と比較した解析でも、大動脈瘤発症のハザード比は1.34となり、欠乏群より低いものの同様の傾向がみられました。
この研究をどう読むか
著者らはこの研究の限界も述べています。まず観察研究であるため、ビタミンD不足が原因で大動脈瘤が増えるという因果関係を証明するものではありません。測定されていない要因(未測定の交絡因子)がどの程度影響しうるかを示す「E値」という指標も算出されており、今回の主要な結果(ハザード比1.40)を打ち消すには、既知の要因を超えてかなり強い未知の交絡因子が必要になる計算ですが、それでも観察研究である以上、因果関係の証明にはなりません。また、大動脈瘤の発症率そのものは欠乏群で0.66%、正常群で0.45%と、いずれも低く、その差(絶対リスク差)は0.21ポイントにとどまります。破裂例は欠乏群で102件、正常群で31件と少数であり、著者らはこの関連は「探索的なもの」として慎重に解釈すべきだとしています。研究に用いた電子カルテデータでは血液検査値の欠測(記録がない割合)が項目によって最大で6〜7割に達しており、こうしたデータの性質上の制約もあります。著者らは、この関連が因果関係によるものか、臨床上意味のある違いなのかを確かめるには、今後の前向き研究が必要だと結論づけています。
この記事で紹介したのはあくまで一つの観察研究の結果であり、ビタミンDのサプリメント摂取や食事の見直しが腹部大動脈瘤を防ぐと断定するものではありません。血中ビタミンD濃度が気になる方は、自己判断で対応を決めず、医療機関に相談することが勧められます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Kuo-Chuan Hung, Ting‐Sian Yu, I-Wen Chen. Vitamin D deficiency and the long-term risk of new-onset abdominal aortic aneurysm and severe aortic events: a multicenter propensity score–matched cohort study. フロンティアーズ・イン・ニュートリション (2026). DOI: 10.3389/fnut.2026.1900016. 原著ライセンス: cc-by.