メキシコの食卓に欠かせないトウモロコシは、炭水化物やたんぱく質、食物繊維に加えて、ビタミンやミネラル、抗酸化作用を持つ機能性成分を含む穀物です。伝統的にはアルカリ処理(ニシュタマル化)でトルティーヤなどに加工されますが、この工程ではたんぱく質や多糖類、ポリフェノールなどが排水(ネハヨテと呼ばれる副産物)に流出してしまい、環境負荷も課題とされてきました。そこで注目されているのが『発芽』という比較的シンプルな加工法です。発芽は種子が水を吸ってから根が出るまでの過程で、代謝が活発化し、フェノール化合物やγ-アミノ酪酸(GABA)、抗酸化力が非発芽の穀粒より高まることが知られています。今回紹介する研究では、この発芽プロセスに過酸化水素(H2O2)による『刺激(エリシテーション)』を組み合わせることで、白トウモロコシ(Zea mays L.)の芽(スプラウト)の機能性成分をさらに高められるかを検証しました。

実験の方法:市販の白トウモロコシで条件を細かく振り分け

研究チームは、メキシコ・シナロア州クリアカンの地元市場で購入した市販ハイブリッド品種『Hipopótamo』の白トウモロコシを用いました。種子を次亜塩素酸ナトリウムで殺菌した後、0~50mMの範囲で濃度を変えた過酸化水素水に24時間浸し、その後0~96時間の範囲で発芽時間を変えて培養する実験を、統計手法(応答曲面法・中心複合計画)に基づき13通りの処理区で実施しました。得られたスプラウトについて、発芽率、根の長さや太さ、二次根の数といった生育の指標に加え、遊離フェノール含量(没食子酸換算)、GABA含量、そしてABTS法による抗酸化能を測定しています。さらに最適条件を絞り込んだ後は、たんぱく質・脂質・灰分などの一般成分分析、ORAC法による抗酸化能の再確認、HPLCによるフェノール化合物の個別定量(フェルラ酸など)も行われました。

研究でわかったこと:濃度と時間の組み合わせに最適点

解析の結果、発芽率・遊離フェノール含量・GABA含量・抗酸化能のいずれも、過酸化水素濃度と発芽時間の両方、およびその組み合わせ(交互作用)によって変化することが示されました。全体としては発芽時間の影響がより大きく、時間が長いほど各指標は増加する傾向にありましたが、GABAについては過酸化水素濃度が高すぎる(42.5~50mM)と、発芽時間を延ばしても逆に含量が下がるという興味深い挙動も確認されています。これらのデータから統計モデルを用いて割り出された最適条件は『過酸化水素濃度20mM・発芽時間92時間』でした。この条件下では、発芽率94%、遊離フェノール含量236.94mg GAE/100g、GABA含量21.63mg/100g、抗酸化能6311.06µmol TE/100g(ABTS法)という値が得られています。過酸化水素を使わずに92時間発芽させた対照区と比べると、この最適条件ではたんぱく質が9.26%、GABAが34.01%、没食子酸含量が30.95%、抗酸化活性が27.24%、それぞれ増加したと報告されています。また、根や中軸(メソコチル・幼葉鞘)の長さも対照区よりそれぞれ15.76%、28.99%伸びており、生育面でもプラスの効果が見られました。フェノール化合物の内訳を見ると、未発芽の穀粒ではフェルラ酸が主に細胞壁に結合した『結合型』として存在していましたが、発芽によって結合が緩み、『遊離型』として遊離するフェノール量が増える一方、結合型の総量はむしろ減る、という成分の質的な変化も観察されました。研究チームは、過酸化水素が細胞内のカルシウムイオン濃度上昇を介してGABA合成に関わる酵素の働きを促す、あるいはフェノール合成の鍵となる酵素(フェニルアラニンアンモニアリアーゼ)の働きを活性化するといった、植物の生化学的な仕組みが背景にある可能性を考察しています。

この研究の位置づけと読むうえでの注意

この研究は、特定の市販品種・特定の実験条件のもとで得られた結果であり、過酸化水素処理と発芽の組み合わせが白トウモロコシの機能性成分を高める『可能性』を示したものです。著者らは、発芽時間を長く取りすぎると雑菌汚染のリスクが高まる実務上の懸念にも触れており、最適条件の選定では成分量の最大化だけでなく、こうした安全性・実用性も考慮したとしています。ヒトが摂取した際の健康効果を直接示したものではなく、あくまで穀粒・スプラウト中の成分量や試験管内での抗酸化能を測定した基礎研究である点にも留意が必要です。品種や発芽条件が異なれば結果も変わりうるため、一つの研究成果として捉えるのが妥当でしょう。

まとめ

過酸化水素という一見『ただの消毒液』のような身近な物質が、適切な濃度と発芽時間の組み合わせによって、白トウモロコシスプラウトのフェノール類・GABA・抗酸化能を高める『刺激剤』として働く可能性が示されました。食品加工の現場でも応用しやすいシンプルな手法だけに、今後の展開が注目される研究といえます。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:León-López L, Martínez-Camacho CD, Mora-Rochin S, et al. Maximizing Phenolics, γ-Aminobutyric Acid, and Antioxidant Capacity in White Corn Sprouts Through H2O2 Soaking Concentration and Germination Time Optimization. バイオロジー (2026). DOI: 10.3390/biology15131082. 原著ライセンス: cc-by.