経済発展とともに、これまで自給的な農業や採集に頼ってきた農村地域にも市場で売られる食品が入り込み、食生活が大きく変わりつつあります。こうした食の変化は、生活習慣病のリスクに関わる『慢性炎症』を高める可能性があると指摘されています。今回紹介する研究は、ラオス人民民主共和国北部の3つの村を対象に、市場との関わりの度合いと慢性炎症の指標との関係を調べたものです。
市場との関わり方が異なる3つの村を比較
研究チームは、市場経済への統合の程度が異なる3つの村に暮らす成人380人からデータを集めました。参加者には、個人の属性に加えて、28種類の食品グループについて1週間にどのくらいの頻度で食べているかを尋ねる質問票調査を行いました。あわせて、乾燥血液スポット(採取した血液を専用のろ紙に染み込ませて乾燥させたサンプル)からC反応性タンパク質(CRP)の濃度を酵素免疫測定法(ELISA)で測定しています。CRPは体内で炎症が起きているときに上昇することが知られている物質で、慢性的な炎症状態を推し量る指標として使われました。
食生活のパターンは、主成分分析という統計手法を用いて抽出し、村ごとにそのパターンの現れ方を比較しました。さらに、食生活パターンとCRP濃度との関連を、多変量ロジスティック回帰という手法で検討しています。ラオスでは雨季と乾季で食べられるものが変わる可能性があるため、調査は同じ季節の村同士(雨季はナレー村とナサヴァン村、乾季はナサヴァン村とナムニョン村)に分けて分析されました。
市場への依存が強い村ほどCRP濃度が高い傾向
分析の結果、市場経済への統合度が高い村に暮らす人ほど、CRP濃度が高い傾向が見られました。また、食生活パターンの分析からは、野生の植物を採集して食べる頻度が高く、市場で売られている食品の摂取が少ないという特徴を持つパターンが見いだされました。このパターンは、乾季のサブグループにおいて、CRP濃度が高い状態と負の関連(採集中心の食生活の傾向が強い人ほどCRP濃度が高い状態になりにくい)を示したと報告されています。
これらの結果から、研究チームは、採集を中心とした伝統的な食生活から市場に依存した食生活への移行が、慢性炎症の個人差の一因となっている可能性を考察しています。
この研究を読むうえで押さえておきたい点
この研究は東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻人間生態学分野に所属する著者らを中心に、東邦大学看護学部、東京大学大学院農学生命科学研究科、名古屋大学大学院環境学研究科、理化学研究所統合生命医科学研究センター、そしてラオス保健省熱帯・公衆衛生研究所の研究者が参加してまとめたものです。日本の複数の研究機関が関わる国際共同研究として行われた点は、読者にとって知っておく価値のある背景といえます。
今回示された関連は、雨季と乾季という季節ごとのサブグループに分けた分析の中で見られたものであり、村や季節によって結果の出方に違いがある点には注意が必要です。この研究はあくまで一つの調査であり、市場経済化が慢性炎症を引き起こすと結論づけるものではなく、関連が示唆されたという段階にとどまります。
まとめ
ラオス北部の農村を対象にしたこの研究では、市場との関わりが強い村ほどCRP濃度が高い傾向があり、野生植物を採集する食生活と市場依存の食生活の違いが、その背景の一つとして考えられると報告されています。食の市場化が世界各地の農村で進む中、こうした変化が人々の健康にどう関わっていくのか、今後の研究の広がりが注目されます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Zhuren Zhang, M. M. Kibe, Yuki Mizuno, et al. Interindividual Variation in Chronic Inflammation in Northern Lao People's Democratic Republic. アメリカン・ジャーナル・オブ・バイオロジカル・アンソロポロジー (2026). DOI: 10.1002/ajpa.70333. 原著ライセンス: cc-by.