この研究は、ベトナムの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Vietnam Journal of Science and Technology/Science and Technology
ライセンス: CC BY-SA 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
海草の「中身」を部位ごとに比べる
エンハルス・アコロイデス(Enhalus acoroides)は、インド洋から太平洋にかけての浅い砂泥底に群落をつくる、この海域で最大の海草です。海草は海藻とは異なり、海の中で暮らす被子植物で、葉・地下茎・根に分かれた体をもちます。そのため、同じ場所に生える海藻について得られた成分データを、そのまま海草に当てはめることはできません。この種は、果実や種子が東南アジアの沿岸地域で採取され、食べられている数少ない海草でもあります。
著者らによると、これまでこの種の化学研究は二次代謝物や粗抽出物の抗菌スクリーニングが中心で、脂質やアミノ酸といった基本的な成分の記述は十分ではありませんでした。葉などの栄養器官と種子は、別々の研究室で別々に調べられることが多く、同じ集団の中で両者がどの程度違うのかは明らかではありませんでした。また、脂肪酸が組織内でどのような形で保たれているかを示す「脂質クラス」(細胞膜をつくる極性脂質か、貯蔵用のトリアシルグリセロールかなど)が、脂肪酸と並べて報告されることはまれでした。ベトナムの集団については、こうしたデータ自体が報告されていませんでした。
そこで研究チームは、ベトナム中部カインホア省のヴァンフォン湾で採取したこの海草について、葉・地下茎・根をまとめた「植物体」と、成熟した種子を同じ採取の中で比べ、脂質クラス、脂肪酸組成、アミノ酸を調べました。あわせて、両者のn-ヘキサン抽出物が微生物の増殖をどの程度抑えるかも評価しました。
どのように調べたか
試料は2024年2月に採取され、植物体と種子はそれぞれひとまとめにした試料として分析されました。値はすべて乾燥重量あたりで示されています。脂質は溶媒で抽出したうえで、薄層クロマトグラフィーという方法で種類ごとに分け、量を測定しました。脂肪酸はガスクロマトグラフィーで、アミノ酸はイオン交換クロマトグラフィーで分析しています。
抗菌試験では、黄色ブドウ球菌や枯草菌などのグラム陽性菌3種、大腸菌やサルモネラ菌などのグラム陰性菌3種、そして酵母のカンジダ・アルビカンスを対象に、抽出物を1〜256マイクログラム/ミリリットルの濃度で加えました。増殖を半分抑える濃度(IC50)と、目に見える増殖がなくなる最小の濃度(最小発育阻止濃度、MIC)を求めています。
植物体と種子で異なる成分構成
全脂質は乾燥重量の4.13%(植物体)と0.42%(種子)でした。どちらからも同じ7種類の脂質クラスが見つかりましたが、割合は異なっていました。両方で最も多かったのは細胞膜を構成する極性脂質で、全脂質の47.33%(植物体)と38.10%(種子)を占めました。一方、貯蔵型の脂質であるトリアシルグリセロールは、植物体の4.19%に対して種子では15.28%と高い割合でした。
違いが最も大きかったのは脂肪酸組成です。植物体では、オメガ3系のα-リノレン酸が脂肪酸全体の59.11%を占める最大の成分でした。これに対し種子では、オメガ6系のリノール酸(38.51%)と、18:1n-7と呼ばれる一価不飽和脂肪酸(21.44%)が主な不飽和脂肪酸でした。オメガ6とオメガ3の比は植物体で0.28、種子で6.40でした。ただし著者らは、食品をこの比だけで順位づける単一の基準はないとして、これらの比を組成を記述する値として示すにとどめています。
アミノ酸と関連成分は、植物体で15種類、種子で12種類が定量されました。植物体ではトレオニンの濃度が最も高く、種子ではメチオニンが最も多く含まれていました。なお、分析対象には一部の必須アミノ酸が含まれておらず、著者らはこのデータが必須アミノ酸の完全な評価ではないこと、また合計値はたんぱく質含量を示すものではないことを明記しています。
抗菌試験の結果と、この研究が示すもの
n-ヘキサン抽出物は、植物体・種子のいずれも黄色ブドウ球菌とカンジダ・アルビカンスに対して増殖抑制を示しました。黄色ブドウ球菌に対するIC50は植物体で3.16、種子で4.46マイクログラム/ミリリットル、カンジダに対しては3.19と6.16マイクログラム/ミリリットルで、MICはいずれも16マイクログラム/ミリリットルでした。一方、グラム陰性菌3種については、試した濃度範囲内でIC50やMICには達しませんでした。ただし大腸菌は最高濃度で16%(植物体)と21%(種子)抑制されており、著者らはこれを「効果がまったくない」こととは区別しています。
今回の抽出物は成分を分離していない粗抽出物で、どの物質がこれらの作用に関わっているかは特定されていません。また、各試料は1回の採取をまとめたもので、結果は調べた試料についての記述であり、集団全体や季節による違いを表すものではないと著者らは述べています。
この研究は、同じ場所で採れた同じ海草でも、葉や根などの植物体と種子とでは、脂質の形、脂肪酸の顔ぶれ、アミノ酸の構成がはっきり異なることを示しました。部位を区別せずに「この海草の成分」として語ることはできないことを、ベトナムの一地点の具体的なデータで示した報告といえます。
著者:Dao Thi Kim Dung(\(^1\) Institute of Chemistry, Vietnam Academy of Science and Technology, 18 Hoang Quoc Viet Street, Nghia Do Ward, Ha Noi, Viet Nam)、Dang Thi Phuong Ly(\(^1\) Institute of Chemistry, Vietnam Academy of Science and Technology, 18 Hoang Quoc Viet Street, Nghia Do Ward, Ha Noi, Viet Nam)、Thi Ha Dinh(\(^2\) Institute of Oceanography – Hai Phong Branch, Vietnam Academy of Science and Technology, 246 Da Nang, Ngo Quyen Ward, Hai Phong, Viet Nam)、Nguyen Thi Nga(\(^1\) Institute of Chemistry, Vietnam Academy of Science and Technology, 18 Hoang Quoc Viet Street, Nghia Do Ward, Ha Noi, Viet Nam)、Phạm Quốc Long(\(^3\) Faculty of Pharmacy, Ton Duc Thang University, 19 Nguyen Huu Tho Street, Tan Phong Ward, District 7, Ho Chi Minh City, Viet Nam)、Hoàng Thị Thu Hằng(\(^4\) Institute of Science, Technology, Energy and Environment, Vietnam Academy of Science and Technology, 18 Hoang Quoc Viet Street, Nghia Do Ward, Ha Noi, Viet Nam)、Doan Lan Phương(\(^1\) Institute of Chemistry, Vietnam Academy of Science and Technology, 18 Hoang Quoc Viet Street, Nghia Do Ward, Ha Noi, Viet Nam)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Dao Thi Kim Dung, Dang Thi Phuong Ly, Thi Ha Dinh, Nguyen Thi Nga, Phạm Quốc Long, Hoàng Thị Thu Hằng, Doan Lan Phương Lipid classes, fatty acids, amino acids, and antimicrobial activity of the whole plant and seeds of the seagrass Enhalus acoroides (L.f.) Royle. Vietnam Journal of Science and Technology/Science and Technology 2026-10-01. DOI: 10.15625/2525-2518/21805. 原著ライセンス:CC BY-SA 4.0.
本紹介記事の文章(題名・見出しを含む)は、CC BY-SA 4.0で提供します。原著論文をもとにNutriMap Japanが日本語で要約・説明を加えています。対象は本紹介記事の文章に限り、ヒーロー画像・サイトのロゴ・画面デザイン・他の記事・データベース全体は含みません。