この研究は、中国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Food chemistry: X
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC
研究の目的
中国・福建省の伝統的な紅茶である正山小種(ラプサンスーチョン)は、松の煙でいぶした独特の香りで知られています。この茶を自然の状態で長く貯蔵すると、香りの印象が少しずつ変わっていき、干したリュウガン(ドライロンガン)を思わせる甘く濃厚な香りが立ち上がってくることが経験的に語られてきました。
研究チームは、この「乾燥リュウガン様」の香りがどのような成分によって生まれ、人がそれをどう感じ取っているのかを明らかにすることを目的としました。具体的には、自然熟成の年数が異なる正山小種を対象に、香りがどう変化していくのかという流れと、その香りを支える物質的な基盤を調べています。
調べ方
著者らは、複数の手法を組み合わせて分析を進めました。まず、訓練された評価者による官能評価で香りの質と強さを言葉と数値に置き換えます。並行して、HS-SPME-GC-MSと呼ばれる分析法を用いました。これは、茶の上の空間にただよう香り成分を細い繊維に吸着させて集め、機器で分離・同定する方法で、どんな香り物質がどれだけ含まれるかを調べることができます。
さらに、候補となる成分を組み合わせて香りを人工的に組み立て直す「香気再構成」と、そこから特定の成分を一つ抜いて印象の変化を見る「除去試験」を行い、どの成分が香りの決め手になっているかを確かめています。複数の成分が混ざったときの効き方については、S曲線とFeller解析という手法で評価しました。加えて、香り成分が鼻の中の嗅覚受容体とどのように結びつくかを、コンピュータ上の分子シミュレーションで検討しています。
主な報告結果
報告によれば、自然熟成の年数が増えるにつれて、正山小種の香りは松の煙のような香り、甘い香り、果実のような香りが中心の状態から、乾燥リュウガン様の香りが前面に出る状態へと移っていきました。さらに時間が経つと、木のような香りや熟成感のある香りが強まったとされています。調べた試料の中では、LS19と呼ばれる試料で乾燥リュウガン様の香りの強さが最も高くなりました。
この香りの主要な担い手として、著者らはベンズアルデヒド、酢酸ゲラニル、2-アセチルフランの三つを挙げています。二成分を組み合わせた場合は、それぞれの効果がおおむね足し合わされる「相加効果」が中心でしたが、三成分をそろえた系では、単純な足し算を超えて香りが強まる「相乗効果」が現れたと報告されています。
分子シミュレーションでは、これらの主要な香り成分が、候補となる嗅覚受容体OR1A1と安定に結合することが示唆されました。その結合の強さを表す値は-53.89 kcal/molで、結合に重要な役割を果たす部位としてILE126とVAL227が特定されています。なお、受容体に関するこの部分はコンピュータ上の計算による示唆であり、著者らもそう位置づけています。
この研究が示すこと
この研究は、熟成した正山小種で語られてきた乾燥リュウガン様の香りを、感覚的な印象の記述にとどめず、それを生み出す具体的な成分と、成分同士の組み合わせ方という形で描き出しました。単独の物質が香りを決めているのではなく、三つの成分がそろったときに互いを高め合うという点は、香りの成り立ちを考えるうえで示唆に富みます。
著者らは、こうした知見が正山小種の品質評価や貯蔵管理、香りの調整を支えるものだと述べています。長い時間をかけて茶の中で起きている変化を、成分と知覚の両面から言葉にできるようになった、という意味を持つ研究です。
著者:Shi Y(College of Tea and Food Sciences, Wuyi University, Wuyishan 354300, Fujian, China.; Tea Engineering Research Center of Fujian Higher Education, Wuyi University, Wuyishan 354300, Fujian, China.)、Zuo L(College of Tea and Food Sciences, Wuyi University, Wuyishan 354300, Fujian, China.)、Huang C(College of Tea and Food Sciences, Wuyi University, Wuyishan 354300, Fujian, China.)、Zhou Y(Department of Management, Minbei Vocational and Technical College, Yanping, 354200, Fujian, China.)、Cheng X(College of Tea and Food Sciences, Wuyi University, Wuyishan 354300, Fujian, China.; Tea Engineering Research Center of Fujian Higher Education, Wuyi University, Wuyishan 354300, Fujian, China.)、Huang Y(College of Tea and Food Sciences, Wuyi University, Wuyishan 354300, Fujian, China.; Tea Engineering Research Center of Fujian Higher Education, Wuyi University, Wuyishan 354300, Fujian, China.)、Wang X(College of Mechanical and Electrical Engineering, Huangshan University, Huangshan 245021, Anhui, China.)、Zheng Y(College of Tea and Food Sciences, Wuyi University, Wuyishan 354300, Fujian, China.; Tea Engineering Research Center of Fujian Higher Education, Wuyi University, Wuyishan 354300, Fujian, China.)、Wang F(College of Tea and Food Sciences, Wuyi University, Wuyishan 354300, Fujian, China.; Tea Engineering Research Center of Fujian Higher Education, Wuyi University, Wuyishan 354300, Fujian, China.)、Zhang B(College of Tea and Food Sciences, Wuyi University, Wuyishan 354300, Fujian, China.; Tea Engineering Research Center of Fujian Higher Education, Wuyi University, Wuyishan 354300, Fujian, China.)、Zheng S(College of Tea and Food Sciences, Wuyi University, Wuyishan 354300, Fujian, China.; Tea Engineering Research Center of Fujian Higher Education, Wuyi University, Wuyishan 354300, Fujian, China.)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Shi Y, Zuo L, Huang C, et al. Key aroma contributors and perceptual interactions of dried longan-like aroma in lapsang souchong black tea with different natural aging times. Food chemistry: X 2026-09-11. DOI: 10.1016/j.fochx.2026.104445. 原著ライセンス:CC BY.