掲載誌:Food science & nutrition

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC

研究の目的

持続可能なたんぱく質源として、微細藻類やシアノバクテリアを主食に加える試みが注目されています。なかでもスピルリナ(Limnospira platensis)は、乾燥重量で最大70%に達する高いたんぱく質含量と、必須アミノ酸をひととおり備えた組成、豊富なミネラルや生理活性成分で知られています。米国でのGRAS認定や欧州連合での承認など、食品としての使用実績もあります。

一方で、スピルリナには青緑色の色素(クロロフィルやフィコビリタンパク質)が含まれ、製品を通常とは異なる緑色に変えてしまいます。さらに、土や海藻を思わせる独特の風味が、栄養面で意味のある量を加えたときに消費者の受け入れを妨げることも指摘されてきました。研究チームはこれまでの研究で、2%(重量比)以下の少量添加であれば小麦生地のたんぱく質と必須アミノ酸を高めつつ、レオロジー特性(生地の変形・流動のしやすさ)を大きく損なわないことを報告していました。そこで本研究では、パンという最終製品の段階で、色、機器測定による食感、揮発性成分、訓練パネルによる官能特性を一体的に評価することを目的としました。新しい製造技術の提案ではなく、製品レベルでの総合的な特徴づけを行った研究です。

調べ方

著者らは、イタリア産の小麦粉に微粉砕・ふるい分けしたスピルリナ粉末を1%(SF10)または2%(SF20)の重量比で加えた粉を用意し、スピルリナを含まない小麦粉のみを対照としました。それぞれの粉250gに水、食塩水、パン酵母(Saccharomyces cerevisiae)を加えて生地を作り、25℃で24時間発酵させたのち、同じ形状の耐熱容器で220℃・30分焼成しました。独立して仕込んだ3回分の生地・パンを対象に分析しています。

評価は四つの側面から行われました。色は色彩計でCIELab座標(明度L*、赤み a*、黄み b*)を測り、粉・生地・焼成後のクラスト(外皮)とクラム(内相)を比べています。食感は動力計による二回圧縮試験(テクスチャープロファイル解析)で、硬さ、弾力、凝集性、ガム性、咀嚼性を測定しました。香りに関わる揮発性成分は、ヘッドスペース固相マイクロ抽出とガスクロマトグラフ質量分析で調べ、結果は合計を100%とする相対割合、すなわち半定量的な組成として示されています。官能評価では、訓練を受けた11名のパネルが、パンらしい匂いと風味、海藻様の匂いと風味、しっとり感、硬さ、ガム性、凝集性、繊維感、苦味の10項目を10cmの尺度で評点しました。スピルリナ特有の色による先入観を減らすため、緑色の照明下・盲検で実施されています。ただし著者らは、緑色照明は通常の視認条件を再現するものではなく、見た目の評価の妥当性には限界があると断っています。

これとは別に、藻類入りベーカリー製品に対する消費者の態度を調べるオンライン調査が225名を対象に行われました。著者らは、この調査はあくまで背景情報であり、本研究で作ったパンそのものへの嗜好や受容性を測ったものではないと明記しています。

主な報告結果

色については、すべての測定項目で有意な差が認められました。スピルリナの配合量が増えるにつれて、粉・生地・焼成品のいずれでも明度と赤みが下がっていきます。この変化がもっとも顕著だったのは生地の段階で、SF10とSF20のa*値はそれぞれ−8.61、−8.64と負の値になり、はっきりと緑方向に振れました。著者らは、加水によって色素が均一に分布し、生地の中での光の散乱が変わったことが緑色を強めた可能性を挙げています。焼成後は熱による反応で色が大きく変わり、スピルリナ由来の色調はクラムよりクラストのほうが保たれているように見えました。なお色素の濃度や局所的なpH、水分の変化、色素の分解速度は直接測定していないため、こうした説明はあくまで可能性として示されています。

食感の機器測定では、スピルリナの添加は多くの項目に大きな影響を与えませんでした。弾力、凝集性、ガム性、咀嚼性に有意差はなく、例外は1%添加のSF10で、対照より硬さが有意に低く、より柔らかい食感を示しました。2%のSF20は中間的な値で、対照ともSF10とも有意差はありませんでした。著者らは、比容積を測定していないため、この結果をパンの構造やガス保持性の全体像として解釈すべきではないと注意を促しています。

揮発性成分では、発酵に関係するアルコール類の多くが対照パンで相対的に多く、一方で2,3-ブタンジオールの二つの異性体はスピルリナ入りで増える傾向があり、アセトインはSF20で有意に高くなりました。脂質酸化に関連する(E)-2-ノネナールや2,4-デカジエナールの異性体は対照で有意に多く、著者らはスピルリナが酸化を抑えた可能性と整合するかもしれないと述べています。また、スピルリナ入りの試料ではペンタデカンなどの炭化水素や、β-イオノン、β-シクロシトラール、ジヒドロアクチニジオライド、サフラナールといったカロテノイド由来の成分が相対的に多く検出され、添加の指標となりうるとしています。これらの成分は微量なら香りに好ましく働く一方、濃度が高いと花様・青臭さ・木質・薬品様といったオフフレーバー(望ましくない風味)として感じられうると説明されています。ただし結果は相対割合であるため、個々の成分の差は実際の量の変化と全体の構成比の移り変わりの両方を反映しうる点に留意が必要だと著者らは明記しています。また、酵母の代謝や発酵の進行そのものは測定していないため、代謝経路の変化を示したものではないとしています。

官能評価では、匂い・風味・味に関する項目で有意な差が出ました。スピルリナ入りのパンは対照より有意に苦く感じられ、海藻を思わせる匂いと風味も主にスピルリナ入りで検出されました。これらの知覚が、パン本来の匂いや風味を部分的に覆い隠した可能性が指摘されています。一方、凝集性・ガム性・硬さ・繊維感といった食感に関わる官能項目では、スピルリナ入りと対照のあいだに有意差はありませんでした。1%と2%のあいだでも、匂い・風味・味に差は認められていません。なお各評価者は各試料を一度しか評価していないため、評価者の再現性は推定できず、代わりに評価者間の一致度がケンドールの一致係数で確認されています。

消費者調査では、回答者の約半数が藻類入りベーカリー製品を知らず、日常的に食べている人はごくわずかでした。受容を後押しする要因として栄養面、食感の軽快さ、環境面での持続可能性が挙がった一方、海藻様の風味、魚のような匂い、苦味が主な障壁として挙がっています。それでも92.8%が試したい・買いたいと回答しました。

この研究が示すこと

著者らは、少量のスピルリナをパンに加えた場合、機器で測る食感の多くはほとんど変わらないものの、色と香り成分の構成、そして苦味と海藻様の風味という官能特性がはっきりと変化することを示しました。とりわけ苦味と海藻様の風味は、受け入れられるかどうかを左右する重要な論点になりうると位置づけられています。

同時に著者らは、この研究が焼き上がったパンの栄養面を直接測ったものではないこと、風味上の難点を和らげる方法を検討していないこと、そして消費者が実際にこのパンを好むかどうかは評価していないことを明示しています。スピルリナを主食に取り入れるという構想において、何がまだ解かれていない課題なのかを、製品の段階で具体的に浮かび上がらせた研究といえます。

著者:Masino F(Department of Life Science (Agro-Food Science Area) University of Modena and Reggio Emilia Reggio Emilia Italy.; BIOGEST-SITEIA Interdepartmental Centre University of Modena and Reggio Emilia Reggio Emilia Italy.)、Lo Faro E(BIOGEST-SITEIA Interdepartmental Centre University of Modena and Reggio Emilia Reggio Emilia Italy.)、Riggio A(BIOGEST-SITEIA Interdepartmental Centre University of Modena and Reggio Emilia Reggio Emilia Italy.)、Gammaitoni M(BIOGEST-SITEIA Interdepartmental Centre University of Modena and Reggio Emilia Reggio Emilia Italy.)、Santunione G(Department of Life Science (Agro-Food Science Area) University of Modena and Reggio Emilia Reggio Emilia Italy.)、Licciardello F(Department of Life Science (Agro-Food Science Area) University of Modena and Reggio Emilia Reggio Emilia Italy.; BIOGEST-SITEIA Interdepartmental Centre University of Modena and Reggio Emilia Reggio Emilia Italy.)、Antonelli A(Department of Life Science (Agro-Food Science Area) University of Modena and Reggio Emilia Reggio Emilia Italy.; BIOGEST-SITEIA Interdepartmental Centre University of Modena and Reggio Emilia Reggio Emilia Italy.)、Montevecchi G(Department of Life Science (Agro-Food Science Area) University of Modena and Reggio Emilia Reggio Emilia Italy.; BIOGEST-SITEIA Interdepartmental Centre University of Modena and Reggio Emilia Reggio Emilia Italy.)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Masino F, Lo Faro E, Riggio A, et al. Effects of Spirulina Enrichment on Bread Quality: Color, Texture, Volatile, and Sensory Properties. Food science & nutrition 2026-09-15. DOI: 10.1002/fsn3.72345. 原著ライセンス:CC BY.