大豆や豆類、全粒穀物といった植物性食品を中心にした食事は、環境負荷の低減と健康の両面から世界的に注目されています。しかし「実際にどれくらい食べたか」を正確に把握するのは簡単ではありません。従来は食物摂取頻度調査票(アンケートで食習慣を尋ねる方法)や24時間思い出し法(前日に食べたものを聞き取る方法)が使われてきましたが、これらは記憶違いや自己申告のクセに左右されやすいという弱点があります。こうした限界を補う手段として近年注目されているのが、尿や血液の中に残る「食事摂取のバイオマーカー」です。今回紹介する総説は、質量分析を使った代謝物解析(メタボロミクス)によってどのような植物性食品バイオマーカーが見つかっており、そのうちどれが実用段階まで検証されているのかを整理したものです。オランダ・ワーヘニンゲン大学の研究グループによってまとめられ、フロンティアーズ・イン・ニュートリション誌に2026年9月に掲載予定です。

「見つかった」だけでは使えない――検証の3段階

この総説では、2000年から2025年を中心にPubMedやScopus、Google Scholarなどで文献を収集し、Food Biomarker Alliance(FoodBAll)が提唱した8つの評価基準と、Dietary Biomarkers Development Consortium(DBDC)による3段階の枠組みを使って、報告済みのバイオマーカー候補を「検証済み」「有望(emerging)」「発見段階」の3つに分類しています。評価の観点には、その物質が対象食品に特有かどうか(妥当性)、摂取量に応じて濃度が変化するか(用量反応性)、摂取後どのくらいの時間で血中・尿中に現れて消えるか(時間反応性)、混合食の中でも他の食品の影響を受けずに検出できるか(頑健性)、そして異なる研究室・分析機器でも同じ結果が再現できるか(再現性)などが含まれます。

この基準に基づくと、「検証済み」といえる植物性食品バイオマーカーはまだ多くありません。代表例として挙げられているのが、大豆に含まれるイソフラボン類(ゲニステインやダイゼインとその代謝物)で、大豆摂取のマーカーとして多くの疫学研究や介入試験で使われてきました。また全粒小麦やライ麦の摂取マーカーとしては、アルキルレゾルシノールやその代謝物であるDHPPA(3-(3,5-ジヒドロキシフェニル)-1-プロパン酸)やDHBA(3,5-ジヒドロキシ安息香酸)が、柑橘類の摂取マーカーとしてはプロリンベタインが、それぞれ検証済みの例として紹介されています。

一方、豆類ではまだ「有望」段階にとどまるものが目立ちます。例えばエンドウ豆については、2-イソプロピルリンゴ酸、アスパラギニルバリン、N-カルバモイル体などの化合物が、標準物質による確認や独立した介入試験での再現を経て有望候補とされていますが、検証されたのは主に欧州の集団に限られており、実際の日常的な混合食(自由な食生活)での性能はまだ十分に調べられていないと述べられています。さらに「発見段階」として、レンズ豆のヒパホリンやドーパミン硫酸、ヒヨコ豆のプロトカテク酸、白インゲン豆のピペコリン酸やメチルシステインなどが挙げられており、これらは単一の研究で見つかっただけで、特異性や用量反応性の確認はこれからの課題とされています。

分析技術の進歩と、それでも残る壁

バイオマーカーの発見には、質量分析計を使った網羅的な代謝物解析(未標的メタボロミクス)が使われます。四重極飛行時間型(Q-TOF)やOrbitrap型といった高分解能の質量分析装置により、数千種類の代謝物を一度に検出できるようになりました。一方、候補物質を実際に定量して検証する段階では、標的を絞ったLC-MS/MS分析(多くは三連四重極型の質量分析計を用いたMRMモードでの測定)が使われ、安定同位体標識した内部標準物質と組み合わせることで精度の高い定量が可能になっています。イオンモビリティ分光法を組み合わせた質量分析(IM-MS)のように、構造の似た異性体を区別する新しい技術も紹介されていますが、こうした手法はまだ大規模研究に日常的には使われていないとされています。

著者らは、こうした技術の進歩にもかかわらず残る課題も具体的に挙げています。第一に、多くの植物由来代謝物は複数の食品に共通して含まれるため、特定の食品に絞り込みにくいという「特異性」の問題です。例えばα-リノレン酸やリノール酸といった脂肪酸は、さまざまなナッツや種子、植物油に広く含まれるため、単独では摂取源を特定する手がかりとして弱いと指摘されています。第二に、腸内細菌叢の個人差や代謝に関わる酵素の遺伝的な違い、普段の食習慣によって、同じ量を食べても人によってバイオマーカーの血中・尿中濃度が大きく異なる「個人差」の問題があります。第三に、尿や血液といった生体試料は成分が複雑で、共存物質の影響(マトリックス効果)により測定精度が損なわれやすいという分析上の壁も挙げられています。加えて、多くの候補物質には純粋な標準物質や安定同位体標識した標準物質が十分に流通しておらず、正確な定量や構造の確定を難しくしているとも述べられています。

この研究の位置づけと今後の方向性

この論文は特定の実験結果を報告するものではなく、これまでに発表された研究を整理した総説(レビュー論文)です。そのため、ここで紹介した「検証済み」「有望」「発見段階」という分類は、あくまで現時点までに蓄積された証拠に基づく評価であり、今後の研究によって位置づけが変わる可能性があります。著者らも、検証済みとされたバイオマーカーであっても個人差や予期しない摂取源からの影響、測定上の技術的な難しさといった限界が残っていることを明記しています。また、豆類やナッツといったたんぱく質源となる植物性食品については、大豆を除くとまだ検証済みのマーカーが少なく、柑橘類や全粒穀物のような比較的よく研究された食品の知見を参考例としながら、他の食品への応用が今後の課題として位置づけられています。著者らは、食品成分データベース(フードオミクスデータベース)と的を絞った検証研究を組み合わせることで発見から検証までの過程を効率化できる可能性や、構造の異なる複数の代謝物を組み合わせた「マルチマーカーパネル」が複雑な植物性食事パターンの評価に役立つ可能性を今後の方向性として挙げています。

まとめ

植物性食品への移行が世界的に進む中、実際の摂取量を客観的に測る技術はまだ発展途上にあることが、この総説から見えてきます。大豆イソフラボンや全粒穀物のアルキルレゾルシノールのように実用段階に達した例がある一方、豆類全般についてはまだ発見・検証の途上にあるバイオマーカーが多く、個人差や食品間での成分の重なり、分析技術の限界といった課題が横たわっています。一つの総説としての整理であり、これによって植物性食品の健康効果が証明されたり、特定の成分の摂取が推奨されたりするものではない点には注意が必要です。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Gerben de Gier, Michiel G.J. Balvers, Edith J. M. Feskens, et al. Plant-based dietary biomarkers: from discovery to validation using mass spectrometry-based metabolomics. フロンティアーズ・イン・ニュートリション (2026). DOI: 10.3389/fnut.2026.1883491. 原著ライセンス: cc-by.