日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。
ヒトの腸内には数多くの細菌がすみついていますが、それらは単に増えたり減ったりするだけでなく、時に他の細菌からDNAを取り込み、自らの遺伝情報を書き換えていることがあります。こうした遺伝子の水平伝播は細菌の多様化を進める要因として知られていますが、ヒトの腸に共生する細菌において、染色体規模の大きな変化にどこまで関わっているのかはよくわかっていませんでした。今回、ヤクルト中央研究所のY. Watanabe氏、Kento Orihara氏、Naoki Tsukuda氏、T. Hara氏、Takahiro Matsuki氏らの研究グループが、ヒトの腸内に生息するビフィズス菌を対象に、この点を調べた研究を発表しました。本論文は日本の研究機関に所属する著者によって進められた「日本主導」の研究であり、筆頭著者・共著者ともにヤクルト中央研究所(東京都国立市)に所属しています。
何を、どのように調べたのか
研究グループはまず、同じ一人の人物の腸内から採取された、複数のBifidobacterium pseudocatenulatum(ビフィドバクテリウム・シュードカテヌラータム)の菌株のゲノムを比較しました。すると、共存していた別系統の菌株どうしの間で、広い範囲にわたって遺伝情報が組み換わった痕跡が見つかりました。
この組み換えが実際に起こりうるのかを確かめるため、研究グループは異なる菌株どうしを同じ培養液の中で一緒に培養する実験を行いました。その結果、複数の染色体領域が菌株間で受け渡され、複数系統の遺伝情報が入り混じった「モザイクゲノム」が生み出されることが確認されました。個々の組み換え領域は最大で247キロ塩基対に達し、受け取り側の染色体全体のうち最大28.9%もの部分が置き換わるケースもみられたと報告されています。
さらに、この現象の仕組みを調べるため、生きた菌の代わりに熱で処理して死滅させた菌や、精製したDNAだけを与える実験も行われました。それでも同様の遺伝子の受け渡しが起こった一方で、DNAを分解する酵素(DNase)を加えると起こらなくなったことから、菌が周囲のDNAを直接取り込む「自然形質転換」と呼ばれる仕組みがこの現象を引き起こしていることが特定されました。加えて、この形質転換が起こる頻度は培養条件などの環境要因によって大きく左右されることも観察されており、腸内の環境条件がこのプロセスの調節に関わっている可能性が示唆されています。
形質転換の仕組みと応用の可能性
研究グループは、この自然形質転換の仕組みを利用して、目印となる遺伝子(マーカー)を残さずに特定の遺伝子を欠失させる、簡便なゲノム編集手法を確立したとしています。あわせて、Tad線毛、ComEA-ComEC、DprA-ComM-YraNという遺伝子クラスターをそれぞれ欠失させる実験を行ったところ、いずれの欠失によっても形質転換が起こらなくなったことから、これらがこの現象に必須の中核的な仕組みであることが示されました。
これらの遺伝子群はBifidobacterium属の中で広く保存されていることも確認されており、実際にBifidobacterium longumやBifidobacterium breveといった他の菌種でも自然形質転換が実験的に確認されたことから、この能力はビフィズス菌の仲間全体に広く備わっている可能性があるとされています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究は、腸内に共生するビフィズス菌が自然形質転換という仕組みを通じてゲノムの可塑性(変化しやすさ)を持ち、適応的な進化に関わっている可能性を示すものであり、ヒトの腸内細菌における遺伝子の水平伝播についての理解を広げるものと位置づけられています。ただし、これは一つの研究であり、腸内という複雑な環境の中で実際にどの程度の頻度や規模でこの現象が起きているのか、またヒトの健康にどのような意味を持つのかについては、今後さらなる検証が必要と考えられます。
まとめ
今回の研究では、ヒトの腸内に生息するビフィズス菌が、死んだ菌や周囲に存在するDNAを取り込む「自然形質転換」という仕組みを通じて、染色体の広い範囲を入れ替え、モザイク状のゲノムを作り出すことが示されました。この仕組みはBifidobacterium属に広く保存されている可能性があり、今後、腸内細菌の多様化や進化を理解するうえでの手がかりになると期待されます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Y. Watanabe, Kento Orihara, Naoki Tsukuda, et al. Natural transformation drives large-scale genome mosaicism in human gut bifidobacteria. ジ・アイエスエムイー・ジャーナル (2026). DOI: 10.1093/ismejo/wrag208. 原著ライセンス: cc-by.