この研究は、インド、ブラジルの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Biomaterials Advances
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
何を目的とした研究か
著者らは、シクロデキストリン(CD)と呼ばれる物質について、その物理化学的な性質、安全性と毒性に関する知見、水への溶けやすさ・安定性・生体利用率(体内で実際に利用される割合)を高める働き、そして医薬品と食品での応用を、幅広く見渡して整理することを目的としました。
シクロデキストリンは、ブドウ糖の一種であるD-グルコピラノース単位がα-(1→4)結合でつながった環状のオリゴ糖で、通常はデンプンを酵素で変換することによって得られます。論文によれば、天然型には少なくとも6個のグルコース単位が含まれ、よく使われるのは6個のα-CD、7個のβ-CD、8個のγ-CDの3種類です。構造は中央に穴の空いた円錐台(先を切った円すい)のような形で、内側が水になじみにくい性質(疎水性)、外側が水になじみやすい性質(親水性)を持つと説明されています。この構造のおかげで、内側の空洞に他の分子を取り込んだ「包接複合体」をつくることができます。
どのように調べたか
本研究は新たな実験を行うものではなく、公表済みの科学文献を対象としたナラティブレビュー(記述的な総説)です。著者らは、Web of Science、Scopus、ScienceDirect、PubMed、Google Scholar、SciELOなどのデータベースを用い、2010年から2024年までの文献を検索したと述べています。検索語には、シクロデキストリン、拡散、生体利用率、薬理活性、in vivo(生体内)、in vitro(試験管内)での溶出などが用いられました。
収集した文献からは、シクロデキストリンの構造と物理化学的性質、安全性、機能の仕組み、応用が整理され、溶解性・溶出・安定性・生体利用率、感じやすい成分の保護、望ましくない味やにおいのマスキング、生理活性成分の放出制御に関する報告が検討されました。あわせて、包接複合体をどのようにつくるか、空洞内での結合の安定性をどう評価するか、取り込みを確かめる分析手法は何か、といった観点も取り上げられています。
報告されている主な内容
著者らがまとめたところによれば、シクロデキストリンは適切な疎水性または両親媒性の分子と安定な包接複合体を形成し、その分子の物理化学的・機能的な性質を変えることができます。こうした性質から、経口・眼・皮膚・鼻・直腸といったさまざまな投与経路の薬物送達システムにおいて、添加剤(賦形剤)として研究されてきたと述べられています。総説では、世界で40種類を超える医薬品がシクロデキストリンを添加剤として含み、食品や化粧品などにも使われていることが紹介されています。
具体例として、抗真菌薬ボリコナゾールをヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンなどと複合体にすると、薬そのものより溶解性と溶出速度が高まったという報告や、目に用いるプロスタグランジンのラタノプロストを複合体にした製剤の報告、グリメピリドやスルファメトキサゾールなどで生体利用率の向上が示されたとする報告が挙げられています。安定性の面では、複合体が酸素・熱・光の影響を和らげ、取り込まれた成分を安定化しうるとされます。複合体をつくる方法としては、乳鉢で練り合わせる混練法、超臨界二酸化炭素を用いる方法、共沈法、溶媒蒸発法、凍結乾燥法などが紹介されています。
食品分野については、香りや風味、ビタミン、脂質などの傷みやすい成分を環境による劣化から守る用途が挙げられ、賞味期間の延長、不快なにおいや味の低減、果汁の褐変防止といった働きが整理されています。安全性に関しては、米国FDAがα-、β-、γ-CDを食品添加物として「一般に安全と認められる(GRAS)」に分類していること、β-CDの一日摂取許容量が体重1kgあたり5mg/日とされていることが記されています。
薬理的な話題としては、コレステロールを取り込む性質に着目した報告が紹介されています。たとえばHPβCDを膣内に投与したマウスの実験で、HIV曝露後の感染がかなりの割合で防がれたとする報告や、アカゲザルでは初回のSIV曝露は防げた一方、11週後や47週後に再び投与した際には大規模な感染が生じ、検討された用量では繰り返しの曝露に対するワクチンとしては適さないと結論づけられたことが述べられています。また、RAMEBによるコレステロールの除去がインフルエンザA型ウイルス粒子の膜構造を壊し、試験管内での伝播性を大きく下げたとする報告、デング熱ウイルスに関する細胞実験の報告、リーシュマニア症やマラリアの原虫に対する検討なども取り上げられています。これらの多くは細胞や動物を用いた段階の知見であり、著者らは安全性の評価がなお必要だと繰り返し記しています。
この総説が示す意味
著者らは、シクロデキストリンを医薬品技術と食品技術の両方で重要な役割を果たす、多機能な添加剤・封入材料として位置づけています。天然型と化学修飾型を合わせれば、溶解性・安定性・溶出・生体内での取り込まれやすさ、さらには味やにおいの受け入れやすさまでを、幅広い化合物について調整しうるという点が、本総説の中心的なまとめです。
同時に著者らは、シクロデキストリンと取り込まれる分子との相互作用の最適化、製剤としての効率の向上、長期使用時の安全性の評価といった課題が残っていることも指摘しています。19世紀末にデンプンから取り出された一つの結晶性物質が、分子を包み込むという単純な仕組みを通じて、薬と食品の設計に共通の道具となってきた——本総説はその広がりと、まだ確かめるべきことの両方を示しています。
著者:Subhash Chandra(Department of Chemistry, Shri Guru Ram Rai University, Patel Nagar, 248001, Dehradun, Uttarakhand, India)、Shreya Kotnala(Department of Chemistry, Shri Guru Ram Rai University, Patel Nagar, 248001, Dehradun, Uttarakhand, India)、Archana Dhyani(Department of Physics, Shri Guru Ram Rai University, Patel Nagar, 248001, Dehradun, Uttarakhand, India)、Carolina Bandeira Domiciano(Center of Medical Sciences, Federal University of Paraíba – UFPB, João Pessoa, PB, 58051-900, Brazil)、Micheline de Azevedo Lima、Henrique Douglas Melo Coutinho(Departament of Biological Chemistry, Regional University of Cariri, Crato, Ceará, 63105-000, Brazil)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Subhash Chandra, Shreya Kotnala, Archana Dhyani, et al. Multifunctional molecular encapsulating agents – Cyclodextrins: Physicochemical properties, safety, solubility, bioavailability and applications in pharmaceuticals and foods. Biomaterials Advances 2026-09-01. DOI: 10.1016/j.bioadv.2026.215177. 原著ライセンス:CC BY.