日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。
ワカサギ(Salangichthys microdon)は寿命1年ほどの小型魚で、市場では1キログラムあたり3000円を超えることもある地域経済上重要な魚種です。国内では北海道から九州まで分布し、2023年の国内漁獲量201トンのうち、茨城県の霞ヶ浦での漁獲が約2割を占めるとされています。もともと汽水域を好む魚ですが、霞ヶ浦は1963年の常陸川水門完成によって淡水湖となり、そこに生息するワカサギは淡水環境に適応して生き続けてきたという背景があります。
霞ヶ浦のワカサギ漁は、船で網を約時速4キロメートルで曳きながら魚を集める「曳網(トロール)」という方法で行われ、通常は1回あたり約2時間かけて網を曳きます。ところが著者らの観察では、引き揚げられたワカサギの多くはすでに死んでいたといいます。ワカサギは体力が弱く、網の中で他個体に押されたり酸素不足になったりして早期に死ぬと考えられており、死んだ状態のまま湖水温にさらされ続けることになります。漁期にあたる7月下旬の湖水温は30℃に達し、水温が下がる10月でも約20℃と、魚の保存に適した温度と比べて高い状態が続きます。こうした「網の中で高水温にさらされる時間」が、水揚げ後の品質にどう影響するのかを調べたのがこの研究です。研究は近畿大学農学部水産学科などのグループが日本主導で行い、茨城県行方市の関係団体も協力しています。
実験の方法
研究チームは2022年8月3日(夏)、10月5日(秋)、12月21日(冬)に、霞ヶ浦で午前2時から夜明けまで曳網によりワカサギを採取しました。曳網時間は通常の2時間(120分区)と、漁師への聞き取りをもとに実際の操業で可能な最短時間として設定した30分(30分区)の2条件を比較しています。水揚げ後は氷冷しながら約24時間かけて実験室まで輸送し(この間の温度はマイナス1℃〜1℃で管理)、その後5℃、マイナス1℃、マイナス2℃の3つの温度で7日間保存し、経時的に品質を測定しました。
評価した指標は、体長・体重、テクスチャー測定装置による身の破断強度、走査型電子顕微鏡による体表構造の観察、そして鮮度の指標として知られるK値(ATPが分解されて生じるイノシンやヒポキサンチンなどの物質の割合から算出)、さらに遊離アミノ酸の含有量です。K値はATP、ADP、AMP、IMP(イノシン酸)、HxR(イノシン)、Hx(ヒポキサンチン)という物質量から計算されており、この値が高いほど鮮度が落ちていることを示す指標として使われます。
研究でわかったこと
まず魚のサイズは季節で大きく変化し、体長は8月の4.1センチメートルから12月には7.5センチメートルへと約1.8倍、体重は8月の0.19グラムから12月には0.92グラムへと約4.8倍に増加していました。身の破断強度も水揚げ翌日の時点で「8月<10月<12月」の順となり、これは主に魚体サイズの違いを反映したものと考察されています。曳網時間による破断強度への影響は、10月の一部条件を除きほとんど見られませんでした。
曳網時間の違いが最もはっきり表れたのはK値と遊離アミノ酸でした。水揚げ直後(day0)のK値は、8月には30分区と120分区の間に明確な差があり、30分区で約60%弱、120分区では60%を超えていました。一方、水温が下がった10月・12月の水揚げ直後にはこの差はほとんど見られませんでした。この違いについて著者らは、高水温がK値上昇に関わる酵素(IMPをHxRへ分解する5'-ヌクレオチダーゼなど)の働きを高めるためではないかと考察しています。保存中の最大K値も8月が最も高くなる傾向がありました。
遊離アミノ酸のうち特に注目されたのがタウリンです。8月と10月の水揚げ直後には、タウリン量は「120分区<30分区」という傾向が繰り返し見られましたが、12月にはこの傾向はほぼ消え、むしろ逆の傾向を示す場面もありました。著者らは、曳網時間が長くストレスにさらされる時間が長いほどタウリンが消費されるためではないかと述べています。タウリン以外のアミノ酸については、8月・10月は「30分区>120分区」となる傾向があった一方、12月は逆に「120分区>30分区」となる場面が多く、季節によって傾向が異なる結果でした。また体表構造の顕微鏡観察でも、8月・10月の水揚げ直後には30分区の方がしわ(収縮によるものと考えられる構造)が多く見られましたが、12月にはこうした差はほとんど確認されませんでした。
この研究を読むうえでの注意
著者ら自身が述べている限界として、テクスチャー測定装置を水揚げ現場に設置できなかったため、水揚げ当日(day0)の破断強度は測定できておらず、多くの魚種で死後急速に軟化が起きるとされるこの初期段階の詳しい変化は今回明らかになっていません。また今回の実験は霞ヶ浦のワカサギという特定の集団・季節・年(2022年)の条件下で行われたものであり、他の産地や年による違いまでは扱われていません。これは一つの研究であり、結論がすべての状況に一般化できると確定したわけではない点に留意が必要です。
まとめ
この研究では、霞ヶ浦のワカサギ漁において、網を曳く時間の長さが鮮度指標であるK値やタウニンなどのアミノ酸量に影響しうることが示されました。特に湖水温が高い夏場は、曳網時間の違いによる差が水揚げ直後から表れやすく、著者らは高水温期には曳網時間を短くすることが品質保持の観点から重要だと考察しています。今後の食卓に並ぶワカサギの鮮度管理を考えるうえで、漁の現場での工夫が品質に関わりうることを示す研究といえます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Keita Togawa, Akihiro Matsushita, Wen Jye Mok, et al. Effects of different trawling time on freshness changes in icefish (Salangichthys microdon). フィッシャリーズ・サイエンス (2026). DOI: 10.1007/s12562-026-02016-2. 原著ライセンス: cc-by.