掲載誌:Zenodo (CERN European Organization for Nuclear Research)

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

論文のねらい

この論文は、社会・文化人類学がこれまであまり扱ってこなかった「食と栄養」の領域に目を向けようとする論考です。著者は、とりわけ健康的な食事への意識がまだ低いとされる発展途上国において、この問題が大きな意味を持つと述べています。

著者が掲げる目的は、各地の文化的な特色を失わずに、社会・文化・経済の生産性を、採算が合い実行可能な範囲で高めることです。そのための入り口として、知能指数(IQ)の長期的な上昇を指す「フリン効果」を取り上げ、健康的な食事や料理との関係の中で捉えようとしています。

なお、この論文は新たな実験や統計調査の結果を報告するものではありません。概念の整理や事例の紹介を通じて、人類学者が担うべき役割を提案する内容になっています。

フリン効果と食の基本の整理

著者はまず食べ物を、栄養とエネルギーを供給する物質として説明し、大量に必要な主要栄養素(炭水化物・たんぱく質・脂質)と、少量で足りる微量栄養素に分けて紹介しています。そのうえで、多くの専門家が、さまざまな食品群を適切な割合で含むバランスのよい食事を勧めていることに触れています。

フリン効果は、研究者ジェームズ・フリンにちなむ名称で、20世紀から21世紀初めにかけて平均IQ得点が世代ごとに上がってきた現象を指します。著者はこの上昇を食事・健康・栄養の改善と結びつけて説明しています。一方で、教育の向上や少人数家族での子育てといった栄養以外の要因も挙げており、知能検査そのものが完全ではない点にも触れています。

著者は、発展途上国ではフリン効果の研究がほとんど行われておらず、さらなる研究が必要だと指摘しています。また、誤った食習慣などによってIQ得点がむしろ下がる「逆フリン効果」が見られる場合もあり、社会・文化人類学者がその防止に関われる可能性があると述べています。

世界の料理と食のトレンド

論文は、料理(キュイジーヌ)を、特定の文化や地域に結びついた食材・調理法・料理の様式として定義しています。そして、地理や気候、食材の入手しやすさ、経済的な事情、歴史、宗教上の規則などに左右されるものとして、各国の料理を概観しています。

さらに、近年の食の潮流として、菜食主義やヴィーガニズム、培養肉や植物由来の代替肉、有機農業、異なる料理を組み合わせたフュージョン料理、一時的に流行する食品などを取り上げています。著者によれば、心臓によい食品への関心は世界的に比較的高いものの、ナッツや豆類のような「脳によい食品」への意識は欧米でもまだ低く、発展途上国ではほとんどないといいます。

著者が特に重視するのは「文化的遅滞」という考え方です。技術はすぐに進歩しますが、文化はゆっくりとしか変わりません。著者は、錠剤や合成食品が普通の食事に取って代わるという過去の未来予測が実現しなかったことを例に挙げ、急な変化や流行は長続きしにくいと論じています。

食文化はゆっくり変わる:人類学者に求められる役割

著者は、食文化が時間をかけて変わってきた例として、1935年のムンバイのレストランや1940年代のコルカタのレストランのメニューを調べています。報告によると、品目は主に肉や魚を使った非菜食の料理でイギリス由来のものが中心であり、パールシー料理やゴアの料理も一部見られた一方、南インド料理の品目はメニューに見当たらなかったといいます。中華料理やイタリア料理については、当時はおそらくほとんど知られていなかったか、極めて珍しかったのだろうと著者は推測しています。トマトや唐辛子がアメリカ大陸からほかの地域へ広まった歴史や、インド原産の胡椒が交易を通じて世界へ広まった経緯も、同じ観点から紹介されています。

こうした考察を踏まえ、著者は社会・文化人類学者の役割を、健康だけでなく味や費用、受け入れられやすさにも配慮しながら、社会の食習慣を理解することだと位置づけています。たとえばインド料理については炭水化物が多すぎる点を課題に挙げ、有名シェフや栄養の専門家、食品企業、テレビ番組、政府機関などとの幅広い協力によって、知識を人々に広めることを提案しています。その際には、地域の味わいを保ち、文化的な好みを尊重すべきだとしています。

この論考から伝わってくるのは、食と栄養の改善を単なる栄養学の問題ではなく、文化に根ざしたゆっくりとした変化として捉える視点です。著者は、その変化を支える存在として人類学者がもっと関わるべきだと訴えています。

著者:Sujay Rao Mandavilli

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Sujay Rao Mandavilli. Shepherding "Flynn effects" in the developing world: Towards dietary, food and nutritional revolutions worldwide. Zenodo (CERN European Organization for Nuclear Research) 2026-09-16. DOI: 10.5281/zenodo.22798659. 原著ライセンス:CC BY.