母乳は赤ちゃんにとって理想的な栄養源とされていますが、その成分は母親の食生活によって左右される部分があります。中でもドコサヘキサエン酸(DHA)は、赤ちゃんの脳や視覚の発達に関わる重要な脂肪酸の一つで、体内でほとんど作られないため、魚介類などの食事から摂る必要があるとされています。もし授乳中の女性が魚をあまり食べない生活を送っていたら、母乳中のDHA量はどうなるのでしょうか。この点に着目し、セルビア・モンテネグロ・北マケドニアの授乳婦を対象に行われた横断研究が、学術誌ニュートリエンツに2026年08月に掲載予定です。
研究でわかったこと
この研究では、18〜35歳の授乳婦128名を対象に、産後20〜40日目(V1)と80〜100日目(V2)の2つの時点で調査が行われました。食事内容は改良版の食物摂取頻度調査票(FFQ)で評価され、母乳中のDHA量はガスクロマトグラフィーという分析手法を用いて測定されました。
その結果、対象者の魚介類摂取量は週37.5g(中央値、範囲0.0〜93.8g)にとどまり、推奨量の約28%程度しか満たしていないことが示されました。国によって多少の差はあったものの、全体として食事由来のn-3系多価不飽和脂肪酸(n-3 PUFA)の摂取量は推奨量の50%未満、DHAの摂取量に至っては推奨量のわずか5%程度と、非常に少ない水準にとどまっていました。
また、食事からのDHA摂取量と母乳中のDHA濃度との間には、統計的に緩やかな正の相関があることが示されました(V1:r = 0.258、p = 0.001、V2:r = 0.238、p = 0.012)。つまり、DHAを多く摂っている人ほど母乳中のDHA濃度もやや高い傾向が見られたということです。しかし、母乳中のDHA濃度は平均0.149〜0.165%にとどまり、乳児の最適な神経発達に望ましいとされる0.3%という目安には、両時点とも届いていませんでした。さらに興味深いことに、DHAを含む標準的なサプリメントを摂取していたグループと摂取していなかったグループとの間で、母乳中DHA濃度に統計的に有意な差は見られませんでした。研究チームはこの結果について、地域全体に共通する持続的なDHA不足の存在を示すものだとしています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究は、特定の地域・年齢層の授乳婦128名を対象とした横断研究であり、ある一時点(および産後の2つの時点)の状況を捉えたものです。そのため、ここで得られた結果がすべての地域や集団に当てはまるとは限らず、また母乳中DHA濃度が低いことが乳児の発達にどのような影響を与えるかについては、この研究自体では直接検証されていません。一つの研究であり、結論が確定したわけではない点に留意する必要があります。研究チームは、標準的なサプリメント摂取だけでは今回確認されたDHA不足を十分に補えていない可能性があるとし、食事と摂取戦略の両面から、授乳婦や乳児に向けた地域特性を踏まえた栄養アプローチの必要性を指摘しています。
まとめ
今回の研究では、バルカン地域の授乳婦においてn-3 PUFAやDHAの食事摂取量が推奨量を大きく下回っており、それが母乳中のDHA濃度にも反映されていることが示されました。標準的なサプリメント摂取の有無にかかわらず、母乳中DHA濃度は乳児の神経発達にとって望ましいとされる水準に届いていなかったと報告されています。今後、こうした地域における栄養状態や、より効果的な摂取戦略についてさらなる検討が期待されます。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:母乳中のドコサヘキサエン酸(DHA)欠乏:セルビア・モンテネグロ・北マケドニアの授乳婦を対象とした横断研究(ニュートリエンツ・2026年08月)