この研究は、中国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Food chemistry: X
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC
研究の目的
キヌアは南米原産の疑似穀物で、塩害や乾燥に強く世界各地で栽培が広がっています。研究チームによれば、キヌアはタンパク質を14〜18%含み、必須アミノ酸のバランスがよく、食物繊維やミネラル、ポリフェノールなどの成分も豊富で、グルテンを含まず血糖値の上がりやすさを示す指標(グリセミック指数)が低いという特徴があります。
一方で、日常的に食べられる小麦パンは食後の血糖値を上げやすく、この点が健康上の課題として指摘されてきました。パンの主成分であるデンプンの消化されやすさを変える方法のひとつが「乾熱処理」です。これは水分を10%未満に抑えた粉を110〜150℃程度で一定時間加熱する方法で、薬品を使わず、操作が簡単で費用も抑えられます。ただし、著者らは、乾熱処理がキヌア入りパンの消化性や血糖への働きをどう変えるのかは体系的に調べられていないと述べています。
そこで本研究は、キヌア全粒粉を110℃、130℃、150℃で処理し、粉の構造がどう変わるか、生地とパンの性質がどう変わるか、そしてデンプンの消化されやすさがどう変わるかを比較しました。
調べ方と粉・生地の変化
研究チームはキヌアの種子を乾燥・粉砕して全粒粉とし、3つの温度でそれぞれ1時間加熱しました。加熱しない粉を対照としています。粉の構造は電子顕微鏡による表面観察、X線回折による結晶構造の測定、赤外分光法による化学的な特徴の確認で調べました。パンは小麦粉の15%をキヌア全粒粉に置き換えて焼いています。
論文では、加熱によって粉の表面に付着していたタンパク質のかたまりが剥がれやすくなり、その程度は温度が高いほど大きかったと報告されています。X線回折では、デンプンの結晶の型そのものは変わらない一方、分子の並びの規則正しさを示す相対結晶化度が、対照と比べて110℃で7.24%、130℃で10.68%、150℃で12.06%上昇しました。赤外分光では新しいピークの出現も既存ピークの消失もなく、著者らは、乾熱処理は化学結合をつくったり切ったりする反応ではなく、主に物理的な構造変化をもたらす穏やかな方法だと説明しています。
生地の性質では、処理温度が高いほど吸水量が増えた一方、生地の形成時間や安定性は低下し、軟化の度合いは大きくなりました。伸ばしたときの強さと伸びやすさのバランスを示す指標は110℃で最も高く、著者らはこの条件が生地の強さと伸びのバランスとして最も望ましかったとしています。パンの食感でも、110℃処理の粉を使ったパンは弾力が対照より4.51%高く、この差は統計的に意味のあるものでした。
デンプンの消化性と動物実験の結果
デンプンは、消化の速さによって「速く消化されるデンプン」「ゆっくり消化されるデンプン」「消化されにくい難消化性デンプン」に分けられます。試験管内の消化実験では、加熱処理したすべての試料で速く消化されるデンプンが有意に減り、難消化性デンプンははっきり増えました。ゆっくり消化されるデンプンは110℃処理で最も多く、その増加は最大6.99%でした。著者らは、結晶化度の上昇と表面タンパク質による物理的な障壁が、消化酵素の働きを妨げていると説明しています。
パンの成分分析では、キヌア入りパンは対照より水分、灰分、タンパク質、食物繊維、総ポリフェノールが有意に多く、食物繊維は45.6%、タンパク質は31.4%増えていました。総ポリフェノールは9.97 mg GAE/g、DPPHラジカル消去活性は86.5%と報告されています。
研究チームは次の段階として、試験管内の結果から最適と判断した110℃処理の粉だけを使い、薬剤で糖尿病にしたマウスで6週間の給餌試験を行いました。論文では、糖尿病モデル群の体重はキヌアパン群より21.5%低く、空腹時血糖はモデル群で高いままだったのに対し、キヌアパン群では段階的に低下したと報告されています。5週目の時点で、モデル群と比べた空腹時血糖はキヌアパン群で66.96%、キヌア全粒粉群で71.74%低く、全粒粉のほうがパンより効果が大きかったとされています。
この研究が示すこと
この研究は、薬品を使わない単純な加熱という手段で、キヌア全粒粉の内部構造を変え、それがパンの生地の扱いやすさやデンプンの消化されやすさにつながっていく道筋を、粉の構造から動物実験までひと続きに示したものです。
とりわけ、温度が高いほどよいわけではなく、110℃という中程度の条件で生地の性質、パンの弾力、ゆっくり消化されるデンプンの割合のバランスが最もよかったという点が、著者らの示した構造と機能の関係を具体的に表しています。
著者:Zhou YL(College of Biological and Food Engineering, Anyang Institute of Technology, Anyang 455000, Henan, China.)、Li XL(College of Biological and Food Engineering, Anyang Institute of Technology, Anyang 455000, Henan, China.)、You XY(College of Biological and Food Engineering, Anyang Institute of Technology, Anyang 455000, Henan, China.)、Wang XY(College of Biological and Food Engineering, Anyang Institute of Technology, Anyang 455000, Henan, China.)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Zhou YL, Li XL, You XY, et al. From raw material to functional food: Effect of dry-heat treatment on whole quinoa flour structure and dough rheology, with in vivo hypoglycemic validation at the optimal temperature. Food chemistry: X 2026-08-30. DOI: 10.1016/j.fochx.2026.104360. 原著ライセンス:CC BY.