著者の所属・活動拠点の国は、オーストリア、オランダです。

掲載誌:Zenodo (CERN European Organization for Nuclear Research)

ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: DataCite

研究の目的

この報告書は、EUの農業を「安全で公正な活動空間(SJOS)」の中に導くことを目指す研究プロジェクトの成果の一つです。SJOSとは、地球環境の限界を超えず、同時に人々の暮らしや公正さも損なわない範囲を指す考え方です。

研究チームは、気候変動対策、生物多様性の保全、貿易、健康に配慮した食品課税という4つの分野で、異なる政策を選んだ場合に、EUの農業、環境、社会経済がどう変わりうるかを調べました。

どのように調べたか

著者らは、CAPRI、GLOBIOM、MAGNET、IMAGEという性質の異なる複数の経済・土地利用モデルを組み合わせました。これらは将来の農業生産、価格、土地利用、温室効果ガス排出などを計算するコンピューターモデルで、分析では政策を追加しない「基準シナリオ」と、各政策を導入した場合を比べています。

気候分野では、農業からのすべての温室効果ガス排出に価格をつける政策と、排出削減技術を導入する農家に的を絞って補助金を出す政策(MitTech)などが検討されました。シナリオの設定では、国別の植林面積が示されているのは気候シナリオのうちCLIM1、CLIM3、CLIM4と組み合わせシナリオ(COMB)、泥炭地の復元面積が示されているのは生物多様性シナリオのうちBIOD2、BIOD3とCOMBです。貿易分野では、輸入品への関税を10%または25%引き上げるシナリオが分析されました。

主な結果

GLOBIOMモデルでは、どの政策シナリオでも、生態系が本来の生物多様性をどれだけ保っているかを示す指標が基準シナリオより改善しました。2030年時点での改善は小さく、生物多様性対策のみで1%未満、生物多様性対策と排出価格の組み合わせで約1.5%でした。2050年には、排出価格を導入するシナリオとその組み合わせで改善が4%近くに達したと報告されています。

一方で、排出に価格をつける政策は生産コストを押し上げ、2030年から2050年にかけて反すう動物由来の製品で価格上昇が最も大きくなりました。排出価格を導入するシナリオでは、1人1日あたりの供給カロリーが基準シナリオと比べて2050年に30キロカロリー以上少なくなりました。ただし、EU27の基準での摂取水準は1人1日3,000キロカロリーを超えるため、著者らはこの減少の大きさは限定的だとしています。これに対し、技術導入への補助金シナリオでは、供給カロリーが一貫して増え、排出を減らしながら生産の伸びを支える可能性が示されました。

生産者重視、消費者重視、環境重視など複数の重みづけでシナリオを順位づけしたところ、生物多様性対策と技術補助金の組み合わせがすべての重みづけで1位となりました。MAGNETモデルでは、すべてのシナリオで作物と畜産の土地利用が減る一方、気候シナリオでは森林面積が大きく増え、気候シナリオの一部と組み合わせシナリオは炭素中立とみなせると報告されています。

関税を引き上げるシナリオでは、作物全体で輸入が減って貿易赤字が縮小する一方、生産者価格が大きく上がり、温室効果ガス排出も増えて、25%関税で排出が最も多くなりました。粗粒穀物では、関税シナリオで作付面積と生産量が基準シナリオより高くなりました。収量は技術進歩による上昇傾向を示しましたが、この傾向は関税シナリオの影響をほとんど受けませんでした。著者らはこのことから、生産増加は基準の傾向を超える効率向上ではなく、面積拡大によるものと示唆されると述べています。畜産物全体や乳製品では、生産や生産者価格の推移は関税シナリオでほとんど変わらなかったとされています。

研究が示すこと

著者らは、排出への価格づけは環境面の効果が大きい一方、農家や消費者の調整負担も大きいと結論づけています。そのため、価格づけを低排出技術への投資や的を絞った支援と組み合わせることが重要だとしています。また、関税による自給強化には排出増加やコスト上昇という代償があることも示しました。さらに、果物や野菜を優遇し肉や乳製品を抑える付加価値税の調整のように、消費側の施策が生産側の政策を補えるとも述べています。

この研究は、環境目標と食料・経済の安定の間には両立を難しくする関係がある一方で、政策の設計や組み合わせ次第でそのバランスを改善できる可能性を、複数のモデルから示しています。

原著論文の著者・所属:Frank, Stefan(International Institute for Applied Systems Analysis)、Bardazzi, ELISA(Wageningen University & Research)、Zamani, Omid(International Institute for Applied Systems Analysis)、Krüger, Christopher(Netherlands Environmental Assessment Agency)、Kumar, Ipsita(International Institute for Applied Systems Analysis)、Springmann, Marco、Witzke, Peter(EuroCARE Bonn)、van Zeist, Willem-Jan(Wageningen University and Research Wageningen Economic Research)、Doelman, Jonathan(PBL Netherland Environmental Assessment Agency)、van Leeuwen, Myrna

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Frank, Stefan, Bardazzi, ELISA, Zamani, Omid, et al. Deliverable D9.1 (D21) Report on impact assessments of planned EU policies on SJOS outcomes and remaining gaps towards SJOS. Zenodo (CERN European Organization for Nuclear Research) 2026-09-23. DOI: 10.5281/zenodo.23287276. 原著ライセンス:CC BY.