この研究は、カナダの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Trends in Food Science & Technology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ「食事による対策」が求められているのか
ヒ素、鉛、カドミウム、水銀、クロムといった重金属は、環境中に長く残り、汚染された土壌や水を通じて農作物や魚介類に蓄積します。著者らは、多くの人が急性中毒を経験することはなくても、汚染された食品や飲料水から日常的に低い濃度の重金属を取り込み続けている点を、世界的な健康上の課題として挙げています。
論文によれば、体内に入った重金属を排出する仕組みは限られており、吸収された後は腎臓や胆汁を通じてごくゆっくりとしか排出されません。そのため組織に蓄積しやすく、吸収後の対策は効果が上がりにくいとされています。排出規制や食品中の含有基準は負担の軽減に寄与してきたものの、実施に時間がかかり汚染を完全になくすには至らないこと、また薬剤で金属を捕まえて排出させるキレート療法は侵襲的で費用もかかり、重症の急性例に限られることを著者らは指摘します。こうして、慢性的で低レベルの曝露に対する手立てが空白のまま残っているという問題意識から、本総説は、消化管という吸収の入り口で働きうる食事由来の対策、なかでも発酵食品に注目しています。
発酵食品を「複合的なしくみ」として捉える視点
著者らは、発酵食品を三つの要素からなる複雑な系として整理しています。第一は微生物そのもの(生きたものも、加熱で死んだものも含む)、第二は発酵で生まれる代謝産物(有機酸、ペプチド、菌体外多糖など)、第三は構造が変化した食品素材そのものです。食物繊維やタンパク質、ミネラルを含む素材は単なる微生物の入れ物ではなく、それ自体が金属と結びつく性質を持つ、と述べられています。特定の菌株だけを取り出したプロバイオティクスや、成分を単離したサプリメントとは異なり、これら三つが同時に届く点が発酵食品の特徴だとされます。
本総説は、これらが消化管のどこで働きうるかに沿って、想定される経路を四段階に分けて示しています。まず食品の中や腸管内では、微生物の細胞表面や菌体外高分子が金属を吸着し(バイオソープション)、食品成分や代謝産物も金属を捉えたり、pHを変えて金属の化学形を変化させたりして、消化の過程で溶け出す割合(バイオアクセシビリティ)を左右する可能性があります。次に腸の上皮では、微生物由来のシグナルや短鎖脂肪酸などの代謝産物が粘液の産生や細胞間の結合を支え、吸収されにくくする可能性が挙げられます。さらに吸収されてしまった分については、抗酸化・抗炎症の働きが組織の傷害を和らげうるとされ、最後に胆汁酸代謝などを介して便への排出が促される可能性が示されています。
ただし著者らは、これらを「確立した効果」ではなく「もっともらしい経路」として提示している点を明確にしています。金属の種類や化学形によって働き方が異なることも強調されており、たとえば鉛やカドミウムのような二価の陽イオンは負に帯電した菌体表面によく吸着する一方、ヒ素は主な化学形が細胞壁に吸着しにくく、微生物の代謝や化学形の変化に頼る部分が大きいと説明されています。また、試験管内で高い吸着能を示しても、消化管を通る間にpHや胆汁、他のミネラルとの競合によって結合が弱まりうるため、そのまま体内での吸収低下につながるとは限らないと注意を促しています。
報告されている実験的な証拠と、その限界
食品加工の研究では、発酵によって食品中の重金属濃度が変わることが報告されています。著者らが挙げる例では、乳酸菌を組み合わせた発酵と水洗を組み合わせた処理で、汚染された米粉のカドミウムが約88%減少し、その粉から作った麺でも同程度の減少がみられました。キクラゲとナツメ、シロギョウギシの実を用いた飲料では、乳酸菌と酵母による段階的な発酵によって、未発酵のものに比べ鉛が約59%減ったと報告されています。一方、野菜の自然発酵による鉛やカドミウムの減少はより小さく、加熱したコンブの発酵ではカドミウムと水銀は減ったものの鉛と総ヒ素には明確な変化がなかったなど、結果は素材や工程によって大きく異なります。カカオの発酵では鉛とニッケルが大きく減ったものの、模擬消化の実験からは、総量が減っても腸での利用されやすさが同じ割合で下がるとは限らないことが示されました。
動物実験では、発酵食品そのものを与えた研究が紹介されています。水銀を与えたラットに繊維を加えた発酵馬乳を併せて与えた研究では、体重や腎重量の変化、血液生化学指標、脳と腎臓の組織像といった毒性の指標が和らぎました。鉛を与えたラットにケフィアを与えた研究では、酸化ストレスの指標が対照群と統計的に区別できない水準まで戻ったと報告されています。カドミウムを与えたラットに、乳酸菌で発酵させたウチワサボテンの果汁を与えた研究では、肝臓と腎臓のカドミウム濃度がカドミウム単独群に比べそれぞれ約94%、約88%低く、未発酵の果汁でも組織中カドミウムは減ったものの程度はより小さいとされています。
もっとも、著者らはこれらの研究の限界も併記しています。食品加工の研究の多くは、減った金属がどこへ移ったのか(発酵液や菌体、洗浄水など)を別々に測っていないため、吸着なのか単に溶け出しただけなのかを区別できていません。またカドミウムや鉛が減る一方で、亜鉛や鉄など必須のミネラルも一緒に減る場合があり、栄養面での引き換えが生じうると指摘されています。動物実験でも、血中や組織の金属量を測っていない研究では「毒性が和らいだ」ことは示せても「吸収や体内蓄積が減った」ことまでは示せません。さらに、発酵・微生物・繊維・食品素材のどれが効いたのかを切り分ける比較群がない、摂取量が明記されず用量と反応の関係が調べられていない、といった問題も挙げられています。ヒトを対象とした証拠については、有望さをうかがわせるものはあるものの、きわめて限られているというのが著者らの評価です。
この総説が伝えていること
著者らは、発酵食品が微生物・代謝産物・変化した食品素材という複数の要素を通じて、単一の経路ではなく互いに補い合う形で重金属の運命と毒性に関わりうる、という見取り図を提示しました。そのうえで、慢性的で低レベルの曝露に対して、手に取りやすい食事ベースの方策になりうると論じています。
同時に、現時点の証拠の大半は試験管内の実験と動物モデルに由来し、管理されたヒトの介入研究で確かめられた効果ではないことが、繰り返し強調されています。効果は金属の種類と化学形、食品素材、微生物、発酵条件によって変わり、発酵が常に金属の利用されやすさを下げると仮定してはならないとも述べられています。有効性を確かめ、どの食品素材や微生物の性質、どの程度の摂取量が適切かを見きわめるには、さらなる臨床研究が必要だというのが、この総説の結論です。
著者:Ramak Esfandi(Department of Biology, Western University, London, ON, Canada)、Julia Farrell Lacika(Canadian Centre for Human Microbiome and Probiotic Research, Lawson Research Institute, London, ON, Canada)、Raymond Thomas(Biotron Experimental Climate Change Centre, Western University, London, ON, Canada)、Jeremy P. Burton(Canadian Centre for Human Microbiome and Probiotic Research, Lawson Research Institute, London, ON, Canada)、Carla L. Sánchez-Lafuente(Canadian Centre for Human Microbiome and Probiotic Research, Lawson Research Institute, London, ON, Canada)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Ramak Esfandi, Julia Farrell Lacika, Raymond Thomas, et al. Fermented foods as a strategy to reduce heavy metal toxicity in humans: Mechanistic insights and emerging evidence. Trends in Food Science & Technology 2026-08-28. DOI: 10.1016/j.tifs.2026.106049. 原著ライセンス:CC BY.