この研究は、ポーランドの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Foods (Basel, Switzerland)
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC
なぜ「そばの殻」に注目したのか
そば(ソバ)は、タデ科ソバ属に分類される穀物のような作物です。実を食用のそば米(グロート)や粉に加工する際には、外側を覆う殻(果皮)を取り除く「脱ぷ」という工程が必要になります。著者らによれば、この工程で穀粒全体の重量のおよそ17〜20%が殻として取り除かれ、加工の現場では大量の副産物が生じます。国連食糧農業機関(FAO)の統計をもとに、2023年の世界のそば生産量は約220万トンで、加工原料のうち殻の副産物は30〜40%を占めたとされています(殻の割合は品種や加工条件によって変わります)。
こうして生じた殻は、これまで主に燃料や枕の詰め物といった食品以外の用途に回されてきました。しかし著者らは、殻には食物繊維やポリフェノールなどの有用成分が多く含まれるにもかかわらず、研究面でも商業利用の面でも十分に調べられてこなかったと指摘します。先行するいくつかの総説は、殻を芽(スプラウト)や穀粒とまとめて扱っていたため、殻そのものの分析は表面的にとどまっていたといいます。そこでこの論文は、殻だけを対象として取り上げ、植物学的な背景、詳しい成分、環境負荷の小さい抽出技術、加工上の性質、安全性の観点を一つにまとめることを目的としています。ねらいは、この副産物を食品や機能性素材としてどう価値の高い原料に変えられるかを整理することです。
どのように資料を集めたか
この研究は新たな実験ではなく、既存の研究をまとめた総説(レビュー)です。著者らはGoogle Scholar、Web of Science、Scopus、PubMed、ScienceDirectを検索し、「そばの殻」「生理活性物質」「フェノール化合物」「食物繊維」「抽出」「抗酸化活性」「食品応用」「安全性」「アレルギー性」「カビ毒」といった語を単独および組み合わせて用いました。殻の成分、抽出・分析手法、生物学的・加工的性質、食品への利用、安全性のいずれかに関わる情報を含む文献を採用し、対象外のものや重複は除いています。
選ばれた文献は、成分と生理活性物質に関するものが56件、抽出と分析手法が37件、生物学的・加工的性質が35件、食品応用が19件、安全性に関するものが20件でした(複数の領域にまたがる論文もあります)。最終的に146件の文献に、規制や安全性に関する公的資料7件を加えた計153件が引用されています。
殻には何が含まれているか
著者らがまとめた最大の特徴は、食物繊維の多さです。そばの殻は主に木質系(リグノセルロース)の食物繊維からなり、乾燥重量の大部分を占めます。報告値は研究によって幅があり、79.11 g/100 gや80.6 g/100 gとする報告がある一方で、31.31 g/100 gという低い値の報告もあります。著者らは、この差は主に分析方法や「食物繊維」の定義の違いによるもので、低い値を示した研究は総食物繊維ではなく主に不溶性の非デンプン性多糖を測定していたと説明しています。品種、産地、栽培条件、加工、試料の調製の違いも差の一因とされます。なお、EUの規則では100 gあたり3 g以上の食物繊維を含む食品は「食物繊維源」、6 g以上なら「高食物繊維」と表示できるとされており、殻の含量はこれを大きく上回る水準です。
一方、その他の主要栄養素は多くありません。粗タンパク質はおよそ4〜6 g/100 g、脂質は1 g/100 g未満(多くは0.5 g/100 g程度かそれ以下)、デンプンは約1.2〜2.6 g/100 g、灰分は約1.5〜2.1 g/100 gと報告されています。ミネラルでは、抽出される金属イオンのうちカリウムが主成分で、カルシウムとマグネシウムが中程度、鉄やマンガンは少なく、亜鉛や銅などの微量金属はほとんど検出されません。著者らのチーム自身の研究では、小麦パンにそばの殻を加えるとミネラル分の含量が有意に増え、4.5%の殻を加えた全粒粉パンを100 g食べると、成人のマンガン推奨摂取量の最大で7割近くに相当する量が得られると報告されています(殻を加えない対照のパンでは約6割)。
もう一つの特徴が、フェノール化合物(ポリフェノール)です。総フェノール含量は品種や栽培・貯蔵・加工条件により434.06〜525 mg/100 gの範囲で報告されています。主要なフラボノイドはルチン(ケルセチン-3-ルチノシド)で、普通ソバ(Fagopyrum esculentum)の殻では62.43〜173.57 mg/100 gとされます。これに対しダッタンソバ(Fagopyrum tataricum)の種子は、普通ソバのおよそ100倍という際立って高いルチンを蓄えると報告されています。このほか、オリエンチン、イソオリエンチン、ビテキシン、イソビテキシン、ヒペリン、ケルセチンといったフラボノイドや、フェルラ酸・バニリン酸・プロトカテク酸・没食子酸などのフェノール酸も見つかっており、なかでもプロトカテク酸が殻の主要なフェノール酸とされます。さらに、トコフェロール類やβ-シトステロール、カンペステロール、スチグマステロールといった植物ステロールなど、脂溶性の成分も確認されており、殻の成分はよく調べられてきたポリフェノールだけにとどまらないことが示されています。
こうした成分の量は固定的ではありません。著者らは、加熱などの加工条件によって増えることも減ることもあると整理しています。高温の焙煎ではフェノール化合物が熱で分解して減る一方、細胞壁の構造が壊れて、これまで他の成分と結合していた「結合型」のフェノール化合物が遊離し、かえって測定値が増える場合もあります。実際、黒ダッタンソバの殻を75 ℃で12分焙煎すると遊離型・結合型ともに増加したとの報告や、発酵が最も良い効果を示したとの比較研究が紹介されています。またフェノール化合物は粒の中で均一に分布しておらず、殻やふすまなど外側の組織に最も濃く含まれることも示されています。
成分をどう取り出すか、どう使えるか
殻から有用成分をどれだけ回収できるかは、抽出方法に大きく左右されます。従来の溶媒抽出(浸漬、浸出、煎じ、ソックスレー抽出など)は広く使われてきましたが、時間がかかり、エネルギーと溶媒の消費が多く、加熱に弱い成分が分解しやすいという難点が挙げられています。そこで著者らは、超音波抽出(UAE)、マイクロ波抽出(MAE)、パルス電界(PEF)、高圧処理(HPP)といった新しい技術に注目します。いずれも細胞の構造を壊して溶媒が浸透しやすくする仕組みで、抽出時間と溶媒使用量を減らせる点が利点とされます。そばの殻で4手法を直接比較した研究では、検討された条件下では200 MPa・8分のHPPが最も高い総フェノール含量(抽出物あたり21.76 mg GAE/100 mg 乾燥重量)を示し、UAE、MAE、PEFがこれに続きました。またマイクロ波抽出を2段階で行い、1回目の残渣を再抽出した研究では、従来法に比べてポリフェノールが43.6%増加したと報告されています。ただし著者らは、そばの殻への新技術の応用に関する研究はまだ限られていると述べています。
取り出した成分の分析には、クロマトグラフィーや質量分析が用いられます。フェノール化合物には溶媒でそのまま取り出せる「遊離型」と、matrixに結びついた「結合型」があるため、まず遊離型を抽出し、残った残渣を加水分解して結合型を取り出す手順が取られます。LC-MS(液体クロマトグラフィー質量分析)は感度と選択性に優れ、ごく低濃度の化合物の同定・定量や構造の解析ができ、ある研究では抽出物から41種のフェノール化合物が確認されたと紹介されています。
食品への利用については、パンなどの製パン製品に加える例のほか、ヨーグルトへの機能性素材としての添加、麺類の食物繊維強化、茶への利用が報告されています。また殻の抽出物は、食肉製品やマヨネーズで脂質の酸化を抑える天然の抗酸化剤として、日持ちを延ばす目的で試されています。生物活性に関しては、ケルセチン、ルチン、プロトカテク酸といったフェノール化合物に由来する抗酸化作用が報告されていますが、著者らは、利用できる証拠の多くが試験管内の実験や動物実験に基づくものであると明記しています。
この総説が示すこと
著者らの整理をまとめると、そばの殻は「食物繊維が7割を超える基質に、少量のタンパク質と脂質、低い灰分、ミネラル、そして多様な生理活性成分が加わったもの」と要約できます。大量に出ながら燃料や枕の詰め物にとどまってきた副産物が、成分の面では食品素材としての条件を備えていることを、この論文は分散した研究を突き合わせて示しました。
同時に、報告値のばらつきが分析法の違いや品種・栽培・加工条件に由来すること、新しい抽出技術の検討がまだ限られていること、生物活性の証拠が主に細胞や動物のレベルにとどまることも、著者らは率直に記しています。殻を価値ある原料として扱うという発想と、それを支える知見のどこが固まり、どこがまだ空白なのかを見取り図として示した点に、この総説の役割があります。
著者:Mumtaz W(Department of Commodity Science and Food Analysis, Faculty of Food Sciences, University of Warmia and Mazury in Olsztyn, 10-719 Olsztyn, Poland.)、Klepacka J(Department of Commodity Science and Food Analysis, Faculty of Food Sciences, University of Warmia and Mazury in Olsztyn, 10-719 Olsztyn, Poland.)、Czarnowska-Kujawska M(Department of Commodity Science and Food Analysis, Faculty of Food Sciences, University of Warmia and Mazury in Olsztyn, 10-719 Olsztyn, Poland.)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Mumtaz W, Klepacka J, Czarnowska-Kujawska M. Buckwheat Husk: An Underexplored Source of Bioactive Compounds and Functional Food Applications. Foods (Basel, Switzerland) 2026-08-29. DOI: 10.3390/foods15173062. 原著ライセンス:CC BY.