掲載誌:Exploration (Beijing, China)

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC

なぜ「飲んで脳に届く薬」が難しいのか

パーキンソン病は、脳の中でドパミンを作る神経細胞が失われることで、運動の障害や記憶の低下が起こる病気です。現在の治療の中心は、不足したドパミンを補う薬(レボドパなど)ですが、研究チームは、この方法では神経細胞そのものを守る働きが乏しく、病気の進行を抑えたり後戻りさせたりすることは難しいと指摘しています。

神経細胞が傷つく背景には、酸化ストレス(体内で活性酸素が過剰になり細胞を傷める状態)や神経の炎症があると考えられてきました。そこで抗酸化物質や抗炎症薬を脳へ届けるナノ粒子の研究が進んでいますが、その多くは注射や脳室への投与が前提で、患者にとって負担が大きいという課題があります。

飲み薬であれば手軽で安全ですが、脳まで薬を届けるには四つの関門を越えなければなりません。胃酸や胆汁酸といった化学的な関門、腸の粘液の層、腸の上皮細胞の層、そして脳を守る血液脳関門です。この難しさゆえに、経口で脳を狙う薬の研究はほとんど手がつけられてこなかった、と論文は述べています。

もう一つの着眼点が腸です。腸内細菌と脳の働きが互いに影響し合う「腸脳軸」の研究が進むなかで、パーキンソン病では発症の早い段階から腸内細菌のバランスの乱れや消化器の症状がみられることが知られています。研究チームは、脳だけでなく腸も同時に整えることが必要だと考えました。

芽胞を運び手にするという発想

この研究が運び手として選んだのは、プロバイオティクスの「芽胞(がほう)」です。芽胞とは一部の細菌がとる休眠状態のことで、外側が丈夫なタンパク質の殻(芽胞コートタンパク質、SP)に覆われているため、胃酸や胆汁酸、消化酵素といった厳しい環境に強い耐性を示します。芽胞は腸に届くと発芽し、生きたプロバイオティクスとして活動を始めます。

研究チームは以前の研究で、芽胞が発芽する際に表面から剥がれ落ちる殻のタンパク質が、自然に集まってナノ粒子を作り直すことを示していました。本研究ではこの性質を利用し、「腸のガーディアン」とも呼ばれる酪酸菌(Clostridium butyricum)の芽胞の表面にラクトフェリンという多機能タンパク質を結合させ、さらに脂質の酸化を抑える薬リプロキスタチン-1を担持した製剤(CBs-Lf/lip)を作製しました。ラクトフェリンは、腸の細胞や脳の血管の細胞に多く存在する受容体に認識されるため、細胞を通り抜ける通行証の役割を果たします。

この設計では、飲み込まれた芽胞がまず胃酸をやり過ごして腸に届き、そこで発芽します。剥がれ落ちた殻のタンパク質は、薬とラクトフェリンを抱えたまま直径およそ35ナノメートルのナノ粒子(SP-Lf/lip)に組み上がり、腸の粘液と上皮の層、さらに血液脳関門を越えて脳へ向かいます。一方、発芽して残った酪酸菌は腸に定着し、腸内環境そのものを整えます。つまり一つの製剤が、脳という主要な標的と腸という副次的な標的の両方に働く仕組みです。

報告された主な結果

まず基礎的な性質として、研究チームは薬の担持率が32.1%に達したこと、疑似胃液に2時間浸しても芽胞の構造が保たれ、薬の漏れ出しは14.49%にとどまったことを報告しています。腸内で殻のタンパク質がナノ粒子として組み上がる効率は76.3%でした。組み上がりを支える力は、疎水性の相互作用と水素結合が主であることが示されています。

関門を越える能力については、いくつかの実験モデルで確かめられました。粘液を模した装置では、このナノ粒子の透過を示す指標がラクトフェリンだけのナノ粒子と比べて1.8倍でした。研究チームは、殻のタンパク質に多く含まれるシステインのSH基(1グラムあたり12.8マイクロモル)が粘液を構成するムチンの網目と反応してこれをほどくこと、粒子が小さく負に帯電していることが関与すると説明しています。マウスに投与した実験では、脳における蛍光色素の信号が色素のみを投与した群の4.4倍に達し、脳への到達が示されました。

酸化ストレスに関しては、細胞と病態モデルマウスの両方で、活性酸素の量が有意に下がったと報告されています。抗酸化酵素GPX4の活性とグルタチオンの量が増え、脂質の酸化の指標であるMDAが減りました。研究チームはこの働きを、殻のタンパク質のSH基そのものの抗酸化作用、ラクトフェリンによる抗酸化酵素の活性化、担持した薬による脂質酸化の抑制という複数の要因によるものと説明しています。

神経毒MPTPでパーキンソン病に似た症状を起こしたマウスに3週間毎日投与した治療実験では、回転する棒の上にとどまれる時間や、オープンフィールド試験での移動距離が改善しました。とくに広場の中央部を動く距離は、未治療のモデル群と比べて9割以上増えたと報告されています。行動面の成績は、対照として用いた既存薬レボドパの群と同程度でした。組織を調べると、α-シヌクレインの異常な蓄積が抑えられ、黒質でドパミン神経細胞が保たれ、神経細胞の密度も高く維持されていました。この神経細胞の保護という点では、レボドパよりも良好だったと述べられています。研究チームはこれを、レボドパが不足した神経伝達物質を補う対症的な治療であるのに対し、本製剤には神経を保護する働きがあるためと考察しています。

腸内細菌を糞便から解析したところ、モデルマウスでは細菌の豊かさと多様性が低下していましたが、投与後には改善し、その構成は正常なマウスに近づきました。パーキンソン病との関連が知られるデスルフォビブリオ属などが減り、短鎖脂肪酸を作る有用な菌が増えています。実際に、酪酸菌の代表的な代謝物である酪酸の量も回復しました。さらに、腸のL細胞から分泌され神経保護に関わるGLP-1の量が正常に近づいたこと、腸の免疫のバランス(Th17と制御性T細胞)が整い、脳へ入り込む免疫細胞が減り、黒質での炎症性物質の発現が下がったことも報告されています。主要な臓器の組織や体重、血液の生化学指標に異常は認められませんでした。

この研究が示すこと

研究チームは、休眠状態のプロバイオティクスがもつ「丈夫さ」と「発芽して殻を脱ぎ捨てる」という自然の性質を、そのまま薬の運び手として設計に取り込みました。腸に届く力と脳に届く力を一つの製剤に併せ持たせた点、そして脳の酸化ストレスを抑えるだけでなく腸内環境を整えて腸脳軸を通じて脳に働きかけるという、二方向からの働きかけを実現した点が、この研究の中心にあります。

論文自身も、長期的な効果の検証や運動症状以外の評価が行われていないこと、芽胞の発芽が個人の腸内環境によってばらつくこと、菌株によって胆汁酸への耐性が異なること、大量生産と品質管理に課題があることを、今後取り組むべき限界として挙げています。

それでもこの研究は、脳だけを標的にしてきた従来の考え方に対して、腸を含めた体全体の連関を治療の設計に組み込むという視点を、具体的な形で示したものと言えます。

著者:Feng Q(School of Pharmaceutical Sciences State Key Laboratory of Antiviral Drugs Pingyuan Laboratory Zhengzhou University Zhengzhou China.; Henan Key Laboratory of Targeting Therapy and Diagnosis for Critical Diseases Zhengzhou China.; Hubei Provincial Clinical Research Center for Central Nervous System Repair and Functional Reconstruction Taihe Hospital Hubei University of Medicine Shiyan Hubei China.)、Mei Y(School of Pharmaceutical Sciences State Key Laboratory of Antiviral Drugs Pingyuan Laboratory Zhengzhou University Zhengzhou China.)、Zhang J(School of Pharmaceutical Sciences State Key Laboratory of Antiviral Drugs Pingyuan Laboratory Zhengzhou University Zhengzhou China.)、Sun L(School of Pharmaceutical Sciences State Key Laboratory of Antiviral Drugs Pingyuan Laboratory Zhengzhou University Zhengzhou China.)、Si B(School of Pharmaceutical Sciences State Key Laboratory of Antiviral Drugs Pingyuan Laboratory Zhengzhou University Zhengzhou China.)、Zhou H(School of Pharmaceutical Sciences State Key Laboratory of Antiviral Drugs Pingyuan Laboratory Zhengzhou University Zhengzhou China.)、Xiao H(Department of Pharmacy Henan General Hospital Zhengzhou China.)、Liu R(School of Electrical Mechanical and Biomedical Engineering Faculty of Engineering and Information Technology University of Technology Sydney Sydney New South Wales Australia.)、Zhang J(School of Pharmaceutical Sciences State Key Laboratory of Antiviral Drugs Pingyuan Laboratory Zhengzhou University Zhengzhou China.)、Wang L(School of Pharmaceutical Sciences State Key Laboratory of Antiviral Drugs Pingyuan Laboratory Zhengzhou University Zhengzhou China.; Henan Key Laboratory of Targeting Therapy and Diagnosis for Critical Diseases Zhengzhou China.)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Feng Q, Mei Y, Zhang J, et al. Probiotic Spore Inspired Oral Drug Delivery System With Multiple-Barriers-Crossing Ability Modulates Gut-Brain Axis for Parkinson's Disease Therapy. Exploration (Beijing, China) 2026-09-09. DOI: 10.1002/exp2.70221. 原著ライセンス:CC BY.