加齢に伴う脳の衰えには、活性酸素による酸化ストレスの蓄積や、記憶・意欲・気分に関わる神経伝達物質の減少が深く関わっているとされます。こうした老化のメカニズムに対して、藻類由来の青色色素タンパク質「フィコシアニン」と、乳酸菌の一種「Pediococcus pentosaceus(ペディオコッカス・ペントサセウス)」を組み合わせた栄養補助的なアプローチの効果を、ラットを使って調べた研究が報告されました。エジプトの国立海洋水産研究所(NIOF)や国立研究センター(National Research Centre)などに所属する研究者らによるもので、プロバイオティクス・アンド・アンチマイクロビアル・プロテインズ誌に2026年8月に掲載予定です。
フィコシアニンはスピルリナ(Spirulina platensis)から抽出される抗酸化物質として知られていますが、胃酸に弱く分解されやすいため、口から摂取しても効果が発揮されにくいという課題がありました。今回の研究では、この弱点を補うため、腸で溶けるように設計された高分子(Eudragit® S100)を使ってフィコシアニンをナノ粒子に包み込む技術が用いられています。
どのように調べたのか
研究チームはまず、スピルリナの乾燥バイオマス2.5グラムからフィコシアニンを抽出し、収率31.02%、純度比(A620/A280)0.704という食品グレードの品質のものを得ました。これをEudragit® S100というポリマーでナノ粒子化し、複数の配合を比較した結果、粒子径211.4±8.1ナノメートル、封入効率63.7±4.16%、ゼータ電位-20.4±3.7ミリボルトの配合が選ばれています。この粒子は、酸性の胃の環境(pH1.2)では中身をあまり放出せず、中性に近い腸の環境(pH6.8付近)になると放出が進むという、狙い通りの「pH応答性」を示したと報告されています。
この技術を使い、生後2週間のウィスター系雄ラット56匹を7つのグループに分けて実験が行われました。老化を再現するため、多くのグループにD-ガラクトースを2か月間、週5日腹腔内投与しています。その上で、フィコシアニンナノ粒子単独、またはフィコシアニンナノ粒子とP. pentosaceus(体重1kgあたり10億個相当の菌数)を組み合わせた製剤を1か月間、毎日経口投与し、標準薬であるドネペジル(アルツハイマー型認知症治療薬)を投与した群とも比較しています。評価には、脳内の酸化ストレス指標(MDA、GSH、TAC)、神経伝達物質(アドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニン)、アセチルコリンおよびその分解酵素アセチルコリンエステラーゼの活性、さらに記憶力を測るT字迷路試験、運動協調性を測るビームバランス試験、脳組織の病理観察が用いられました。
何がわかったのか
D-ガラクトースを投与された老化モデルのラットでは、正常なラットに比べて、脳内の脂質過酸化物MDAが362.8%増加し、抗酸化物質のGSHは78.96%、TACは79.22%それぞれ減少していました。神経伝達物質も軒並み低下し(約48〜53%の減少)、アセチルコリンは66.12%減少する一方、分解酵素のアセチルコリンエステラーゼ活性は163.45%上昇していたとされます。記憶力を測るT字迷路試験の成績は136%悪化し、運動協調性を測るビームバランス試験も69.6%悪化するなど、認知機能・運動機能の低下と脳組織の病理変化が確認されました。
これに対し、フィコシアニンナノ粒子を単独、またはP. pentosaceusと組み合わせて投与された群では、酸化ストレスの指標が改善し(MDAで112.2〜196.4%の改善、GSHで20.6〜38.8%、TACで42.9〜50.7%の改善)、神経伝達物質も16〜40.3%程度回復したと報告されています。アセチルコリンの回復とアセチルコリンエステラーゼ活性の抑制も見られ、行動試験の成績や脳の組織構造も改善したとされています。多くの指標で、フィコシアニンナノ粒子とプロバイオティクスを併用した群のほうが、単独投与よりも改善の程度が大きい傾向が示されており、研究チームは、フィコシアニン自体の抗酸化作用と、プロバイオティクスによる腸内環境や炎症への働きかけが、異なる経路から補い合った可能性を考察しています。
この研究を読むうえでの注意
この研究で使われたフィコシアニンの純度比は0.704であり、著者ら自身が「高度に精製された医薬品グレードではなく、食品・栄養補助食品グレードの品質」であると述べています。より純度の高い治療グレードのフィコシアニンを使った場合に効果がどう変わるかは、今後の研究課題として挙げられています。また、この実験はあくまでラットを使った前臨床段階の研究であり、D-ガラクトース投与によって人工的に作り出した老化様の状態に対する効果を見たものです。人での効果や安全性を示すものではなく、一つの研究であり結論が確定したわけではない点に留意する必要があります。
まとめ
この研究では、胃酸に弱いフィコシアニンをナノ粒子技術で腸まで届くように工夫し、乳酸菌P. pentosaceusと組み合わせて投与することで、D-ガラクトースによって老化状態にしたラットの酸化ストレス、神経伝達物質のバランス、記憶・運動機能、脳の組織状態に改善がみられたと報告されました。栄養素や機能性成分を届ける技術と、腸内環境に働きかけるプロバイオティクスを組み合わせるアプローチとして注目される一方、あくまで動物実験の段階であり、今後さらなる検証が必要とされています。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Nasser S. Flefil, Asmaa Ezzat, Marwa A. Abd El‐Fattah, et al. Oral Co-supplementation with Pediococcus pentosaceus Probiotic and Enteric Polymeric Phycocyanin Nanoparticles Mitigates Aging-Related Biomarkers in Male Wistar Rats: A Preclinical Investigation. プロバイオティクス・アンド・アンチマイクロビアル・プロテインズ (2026). DOI: 10.1007/s12602-026-11159-8. 原著ライセンス: cc-by.