牛乳は殺菌や煮沸など、さまざまな加熱処理を経て私たちの食卓に届きます。加熱は品質と衛生の安全性を確保するために欠かせない工程ですが、その一方でタンパク質や成分が分子レベルで変化することも知られています。今回紹介する研究は、こうした加熱による牛乳中の分子変化を『蛍光』という切り口から調べたものです。研究は、インドのカムダヌ大学(College of Dairy Science, Kamdhenu University)およびパルール大学(Parul Institute of Technology, Parul University)の研究者らによって行われました。
研究でわかったこと
研究チームは、生乳に対して4種類の加熱処理を施しました。サーミゼーション(60℃・15秒)、低温長時間殺菌(LTLT、63℃・30分)、高温短時間殺菌(HTST、72℃・15秒)、そして煮沸(100℃・10分)です。これらの処理後の牛乳について、『前面蛍光分光法』という手法を用いて、牛乳に本来含まれる蛍光物質――アルカリホスファターゼ、ラクトペルオキシダーゼ、β-ラクトグロブリン、トリプトファン、そして進行型メイラード反応生成物――の蛍光スペクトルを測定し、統計的な解析(ケモメトリクス)で比較しました。
その結果、加熱の強度が増すほど、いずれの蛍光物質についても蛍光強度が段階的に上昇することが確認されました。これは、加熱によってタンパク質の構造がほどけ(変性)、内部に隠れていた芳香族アミノ酸残基が表面に露出したことや、加熱に伴って生じる蛍光性のメイラード反応生成物が蓄積したことを反映していると考察されています。
また、研究では『FAST指標(進行型メイラード生成物と可溶性トリプトファンの蛍光に基づく指標)』も算出されました。この指標は、生乳では3.37であったのに対し、煮沸した牛乳では15.34まで上昇しており、加熱によって積み重なった熱負荷やリシン(アミノ酸の一種)の損失と強い相関を示したと報告されています。さらに、主成分分析という統計手法により、全体のスペクトルのばらつきの79.6%を説明できたとされ、生乳・サーミゼーション処理乳・殺菌乳・煮沸乳がそれぞれ明確に異なるグループとして分かれることが示されました。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、前面蛍光分光法とFAST指標、そしてケモメトリクス解析を組み合わせることで、牛乳の加熱処理の強さを迅速かつ非破壊的に、感度よく評価できる可能性を示したものです。著者らは、この手法が乳業における工程管理や品質保証に役立つ可能性があるとしています。ただし、これは一つの研究であり、特定の加熱処理条件や測定手法のもとで得られた結果です。この研究結果だけで、加熱処理された牛乳の安全性や栄養価そのものについて断定的な結論を導くことはできない点に留意が必要です。
まとめ
牛乳は加熱処理の種類や強さによって、目には見えない分子レベルの変化を受けています。今回の研究は、その変化を蛍光という手がかりを使って捉え、加熱強度に応じた違いを見分けられる可能性を示唆するものでした。今後、こうした計測手法が乳業の現場でどのように活用されていくか、引き続き注目される分野といえそうです。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:前面蛍光分光法とFAST指標分析を用いた熱処理による牛乳中の分子変化の解明(ディスカバー・フード・2026年08月)