この研究は、ロシアの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Geosystems of Transition Zones

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

なぜ調べたのか

オホーツク海は、海底や陸上の火山活動、そして深い層の水が表層へ湧き上がる「湧昇(ゆうしょう)」によって、栄養となる元素や各種の元素が多く含まれる特徴的な海域です。著者らは、この条件が高い生物生産力を支え、この海域をロシアの重要な漁場にしていると説明しています。ロシアの水産資源全体の漁獲のおよそ40%がこの海域に由来するとされます。

ところが著者らによれば、ここに生息する魚類について、微量元素(生物の体内にごくわずかに含まれる元素)の組成を体系的に監視・評価する取り組みは行われてきませんでした。オホーツク海の水産生物に関する近年の研究は主に太平洋のサケ類に集中しており、それ以外の漁獲対象魚の臓器に必須元素や有害元素がどのようにたまるのか、また何がそれを左右するのかについてのデータは断片的なままだといいます。そこで研究チームは、スケトウダラ(Gadus chalcogrammus)、ニシン(Clupea pallasii)、キガレイ(Limanda aspera)の臓器中の微量元素濃度を測定し、その蓄積の規則性を明らかにすることを研究の目的に掲げました。

どのように調べたか

著者らは2023〜2024年に、オホーツク海の異なる海域で3種の魚を採取しました。スケトウダラはアムール河口部(アムール・リマン)北西部で2023年10〜11月、ニシンは同年11月にテルペニヤ湾で、キガレイは2024年5月にアニワ湾南西部で漁獲されたものです。分析対象としたのは、筋肉、肝臓、オスの生殖腺(精巣)、メスの生殖腺(卵)の4つです。

試料は乾燥させたうえで高純度の硝酸を加え、マイクロ波による分解処理を経て溶液にしました。ヒ素、銅、鉄、マンガン、亜鉛は誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP-OES:試料を高温のプラズマに導入し、元素ごとに固有の光を測って濃度を求める方法)で、鉛とカドミウムは原子吸光分析法(AAS)で、ニッケルは炎を用いる原子吸光分析法で測定されました。測定の正確さは、魚の筋肉の認証標準物質ERM-BB422を繰り返し分析することで確認され、得られた値は標準物質の保証値の範囲内だったと報告されています。濃度はすべて乾燥重量あたりのmg/kgで示されています。なお、臓器別の試料群の一部(46%)は分布が正規でない、試料数が2以下、または検出下限を下回る値が多いといった事情があったため、結果は濃度の範囲(最小〜最大)と中央値で示されています。

報告された主な結果

著者らによれば、調べたすべての臓器で目立って多かったのは亜鉛と鉄でした。論文は、亜鉛が40種類を超える酵素の構成成分で細胞の成長やタンパク質合成に関わること、鉄の代謝で肝臓が重要な役割を担うことを、この傾向の背景として挙げています。

臓器ごとの違いは明瞭でした。肝臓は鉄、亜鉛、銅、マンガン、そして有害元素であるカドミウムの濃度が最も高く、著者らはこれを肝臓が物質をたくわえる「貯蔵臓器」としての働きを示すものと説明しています。一方、ヒ素と鉛は主に筋肉に蓄積していました。カドミウムは3種すべてで肝臓>卵>オスの生殖腺>筋肉の順に減る共通の傾向を示しました。

種による違いも見られました。底層で生活するキガレイは、鉄、銅、ニッケル、ヒ素の濃度が最も高く、著者らはこれを海底の生物を食べ、底質にこれらの元素が多く含まれることと結びつけて説明しています。ニシンの筋肉では亜鉛とマンガンが比較的低い値でした。スケトウダラはカドミウムの濃度が高いことが特徴でした。ただし著者らは、日本海・オホーツク海の同じ魚種を対象とした過去の研究と一致しない点もあることに触れ、たとえばニシンのオスの生殖腺で鉛が他の臓器の数倍と高かったことは先行研究と合わず、さらに検討が必要だと述べています。

有害元素の解釈について、論文は慎重な留保を置いています。3種はいずれもヒ素の濃度が比較的高く、しばしば銅と同程度でしたが、本研究ではヒ素の化学形態を区別していないため、この高い値はまず元素プロファイルと生物蓄積の特徴として捉えるべきで、毒性学的なリスクの証拠とみなすべきではない、というのが著者らの立場です。

この研究が示すこと

著者らは、オホーツク海の魚の微量元素プロファイルを、複数の要因が複雑に絡み合った結果を映し出す「統合的な指標」だと位置づけています。元素それぞれの生化学的な性質、生息環境の地球化学的特徴、その魚の生活様式、餌の内容などが、どの元素がどの臓器にどれだけたまるかを共に決めている、という見方です。

同じ元素であっても、肝臓にたまるもの、筋肉にたまるもの、卵に多く移るものがあり、また同じ臓器でも底生の魚と表層を群れで泳ぐ魚とでは値が異なります。ロシアの主要漁場でありながら体系的な把握が進んでいなかった海域について、この研究は魚種別・臓器別の基礎的なデータを示したことになります。

著者:А.А. Шестёра(Pacific Geographical Institute, Far Eastern Branch of the Russian Academy of Sciences)、Kristina R Masaleva(Pacific Geographical Institute, Far Eastern Branch of the Russian Academy of Sciences)、Литвиненко Анна Владимировна(Sakhalin State University)、Maksim M. Donets(Pacific Geographical Institute, Far Eastern Branch of the Russian Academy of Sciences)、Maksim A. Belanov(Pacific Geographical Institute, Far Eastern Branch of the Russian Academy of Sciences)、Aleksandra D. Borovkova(Pacific Geographical Institute, Far Eastern Branch of the Russian Academy of Sciences)、Н.Д. Василенко(Pacific Geographical Institute, Far Eastern Branch of the Russian Academy of Sciences)、A. G. Boldeskul(Pacific Geographical Institute, Far Eastern Branch of the Russian Academy of Sciences)、Vasiliy Yu. Tsygankov(Pacific Geographical Institute, Far Eastern Branch of the Russian Academy of Sciences)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):А.А. Шестёра, Kristina R Masaleva, Литвиненко Анна Владимировна, et al. Spatial and species-specific features of trace element accumulation in commercial fish of the Sea of Okhotsk. Geosystems of Transition Zones 2026-09-24. DOI: 10.30730/gtrz.2026.10.3.380-398. 原著ライセンス:CC BY.