この研究は、フィジー、韓国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:PLoS ONE
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
何を調べた研究か
フィジー西部を流れるバ川は、淡水二枚貝バティッサ・ビオラケア(Batissa violacea、現地名「カイ」)を採る人々の生活を支えてきました。著者らによれば、この貝はフィジーで知られる唯一の淡水二枚貝で、タンパク質やカルシウム・カリウム・亜鉛・鉄などのミネラルの供給源であり、地域経済にとっても重要な資源です。論文では、年間の市場販売量が推定2,526トン、金額にしておよそ220万フィジードルに達すると紹介されています。
一方で研究チームは、工業・農業・生活排水の流入が川を汚染し、食資源としての安全性に懸念が生じていると述べています。二枚貝は水をろ過して餌をとるため、水中の病原菌や重金属を体内にため込みやすく、内臓ごと生に近い状態で食べられることも多いことから、リスクが高いと指摘されています。ところが太平洋地域、とくにフィジーの淡水二枚貝については微生物学的な安全性の研究がほとんどありません。著者らはこの空白を埋めるため、バ川の貝と川底の堆積物にすむ細菌を調べ、抗生物質への耐性と重金属への耐性の状況を明らかにすることを目的としました。
調査の進め方
調査は、ビチレブ島西部を流れる全長約22キロメートルのバ川沿いの3地点で行われました。1つ目はラーラワイ製糖工場の裏手で、工場廃水の影響を見るための地点です。2つ目はバの町に近く、住民が実際にカイを採る場所であるヤラレブ橋の下です。3つ目は市街地や工業地帯から離れた上流のバキア川で、比較のための「手つかずに近い環境」として選ばれました。採取にあたっては、川を管理する地域社会に対して伝統的な作法(セブセブ)にのっとり許可を得ています。
研究チームは合計90個体の二枚貝(各地点30個体)と15点の堆積物試料を集め、貝については軟体部(身の部分)と鰓(えら)に分けて分析しました。方法としては、培養によって細菌を数える手法、大腸菌群の量を推定する最確数法(MPN法)、抗生物質や重金属を加えた培地で菌が育つかどうかを見る試験、そして16S rRNA遺伝子の塩基配列を読んで菌の種類を特定する手法を組み合わせています。16S rRNA遺伝子は細菌が共通して持つ遺伝子で、その配列の違いから菌種を見分ける目印として使われるものです。
抗生物質はストレプトマイシン、ペニシリン、バンコマイシン、リファンピシン、テトラサイクリンの5種類が選ばれました。細胞壁の合成を妨げるもの、タンパク質の合成を妨げるもの、遺伝情報の読み取りを妨げるものなど、効き方の異なる薬を並べて耐性の傾向を幅広く見るためです。重金属は亜鉛、銅、カドミウム、クロム、鉛の5種類で、これらはバ川の貝の軟体部で高い濃度が見つかっていたことから選定されたと説明されています。
報告された主な結果
著者らは、貝や堆積物から合計117のコロニーを分離し、そのうち53を好気性細菌、64をヒトの病原菌と分類しました。検出された病原性の細菌には、コレラ菌(Vibrio cholerae)、腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus)、サルモネラ属菌、そして高温でも増える性質を持つ大腸菌(耐熱性大腸菌)が含まれていました。菌の量は貝の軟体部で最も多く、次いで鰓、堆積物という順になる項目が目立ちました。糞便由来の汚染の指標となる糞便性連鎖球菌は、3地点すべてで軟体部に最も多く、とくに製糖工場裏の地点1で高い値を示しています。最確数法では、軟体部・鰓・堆積物のいずれも大腸菌群が100グラムあたり1600 MPNを超えたと報告されました。
一方で、重金属に対する耐性は全体として限られていました。多くの菌が耐えられたのは1ミリモル濃度までで、濃度が高くなるとほとんどの菌が生育できなくなっています。カドミウムに対しては、試したすべての濃度で菌が生育できませんでした。部位による違いもあり、鰓から分離された菌は亜鉛・銅・カドミウムには弱い一方で、クロムと鉛には比較的高い耐性を示し、5ミリモル濃度まで育つものがありました。ただし鰓由来の菌では、10ミリモルという最も高い濃度ではどの金属でも生き残ったものはありませんでした。
論文では、抗生物質耐性と重金属耐性が同時に広がりうる背景として、共選択(co-selection)という現象が説明されています。金属に耐える遺伝子と薬に耐える遺伝子が、細菌の間で受け渡される同じ遺伝要素の上に乗っていることがあり、そのため抗生物質がない環境でも金属による圧力が薬剤耐性の維持や拡散を後押しすることがある、という考え方です。これは先行研究に基づく解釈として紹介されているもので、この研究が両者の因果関係を直接確かめたわけではありません。
この報告が示すこと
著者らは、こうした病原菌や薬剤耐性菌の存在が、環境汚染と細菌の変化が結びついていることを示すものであり、川の生態系の健全さと、貝を食べる人々の安全の両面にとって課題になると述べています。そのうえで、水域の微生物汚染を抑えるには、環境管理を総合的に進める取り組みが急がれると結論づけています。
地域の暮らしを支えてきた食資源が、目に見えない汚染の影響をどう受けているのか。この研究は、これまでデータの乏しかった太平洋の淡水二枚貝について、その実態を具体的な観察として示した報告だといえます。
著者:Divya Darshika Mala(Discipline of Biological and Chemical Sciences, School of Agriculture, Geography, Environment, Ocean and Natural Sciences, The University of the South Pacific)、Ashneel Ajay Singh(Discipline of Biological and Chemical Sciences, School of Agriculture, Geography, Environment, Ocean and Natural Sciences, The University of the South Pacific)、Ramesh Subramani(Discipline of Biological and Chemical Sciences, School of Agriculture, Geography, Environment, Ocean and Natural Sciences, The University of the South Pacific)、Sathiyaraj Srinivasan(College of Natural Science, Seoul Women’s University)、Taitusi Taufa(Discipline of Biological and Chemical Sciences, School of Agriculture, Geography, Environment, Ocean and Natural Sciences, The University of the South Pacific)、Ashok Kumar(Discipline of Biological and Chemical Sciences, School of Agriculture, Geography, Environment, Ocean and Natural Sciences, The University of the South Pacific)、Francis Mani(Discipline of Biological and Chemical Sciences, School of Agriculture, Geography, Environment, Ocean and Natural Sciences, The University of the South Pacific)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Divya Darshika Mala, Ashneel Ajay Singh, Ramesh Subramani, et al. Antibiotic-resistant pathogens and heavy metal-tolerant bacteria in Batissa violacea: A study from the Ba River, Fiji. PLoS ONE 2026-09-25. DOI: 10.1371/journal.pone.0359203. 原著ライセンス:CC BY.