著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Foods
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:食品中の合成ホルモン残留を手軽に高感度で調べたい
酢酸メドロキシプロゲステロン(MPA)は、黄体ホルモン(プロゲステロン)に似せて作られた合成ホルモンです。論文によると、家畜の発情の誘導や時期をそろえる目的、また肥育を促す目的で世界的に使われてきました。一方で、不正使用や食品安全上の懸念もあります。国際がん研究機関は2007年にMPAを「グループ2B(ヒトに対して発がん性がある可能性がある)」に分類しており、家畜への使用は禁止または厳しく規制されています。そのため、肉や乳など動物由来の食品に残ったMPAを確実に見つける分析法が求められています。
現在、中国の国家食品安全基準では、液体クロマトグラフィー・タンデム質量分析法(LC-MS/MS)が公式の検査法とされています。この方法は感度と正確さに優れていますが、高価な装置や手間のかかる試料の前処理、専門的な訓練が必要です。抗体を使う簡易検査法(ELISAや試験紙型の検査)は安価で手軽な反面、ごく微量の残留を測るには感度が足りなかったり、正確な定量が難しかったりします。
そこで研究チームは、低コストで操作が簡単、かつ高感度な「電気化学免疫センサー」の開発に取り組みました。これは、抗体が目的物質をつかまえたときに生じる変化を電気信号として読み取る装置です。著者らによれば、動物由来食品中のMPAを検出する電気化学バイオセンサーは、これまで報告されていませんでした。
どのようなセンサーを作ったか
センサーの中心となる材料は、直径約300ナノメートルのシリカ(二酸化ケイ素)粒子です。この粒子の表面を、正の電荷をもつ高分子(PEI)で覆い、さらにその外側に直径20ナノメートル余りの銀ナノ粒子をびっしりと付着させました。シリカを芯、銀ナノ粒子を殻とする「コア・シェル構造」の複合材料です。銀ナノ粒子は電気をよく通し、電極上で酸化・還元反応を起こして電流を生みます。ただし、銀ナノ粒子は単独では不安定で、互いに凝集しやすいという弱点があります。シリカの芯を土台にすることで、多くの銀ナノ粒子を散らばった状態で載せられるようにしました。
研究チームは、この複合材料を金電極に塗り、その上にMPAだけを見分けるよう研究室で作製した抗体を固定しました。続いて、余分な部分にMPA以外の物質がくっつかないよう、たんぱく質(BSA)で覆いました。電極の上で抗体がMPAと結合すると、電子の通り道がふさがれ、銀に由来する電流が小さくなります。この電流の減り具合から、MPAの量を見積もる仕組みです。
材料が設計どおりにできたかどうかは、電子顕微鏡による観察、粒子の表面電荷の測定などで確認しました。論文によると、シリカと銀を組み合わせた材料は、銀ナノ粒子だけの場合より大きく鋭い電流のピークを示しました。また、溶液の酸性度や抗体の濃度、反応時間なども調べ、測定に適した条件を決めています。
主な結果:微量のMPAを測り分け、食品試料でも回収を確認
最適化した条件で測ったところ、MPAの濃度が1ミリリットルあたり0.03〜100ナノグラムの範囲で、電流の変化と濃度の対数との間にきれいな直線関係が得られました。検出できる最小の濃度(検出限界)は、1ミリリットルあたり0.014ナノグラムと見積もられています。
構造の似たステロイドホルモン(テストステロンなど)や、一般的な抗生物質についても調べました。これらをMPAの5倍の濃度で加えても、電流はほとんど変化しませんでした。また、同じ条件で作った5本のセンサーの測定値のばらつきは、相対標準偏差で3.52%でした。4℃で保存したセンサーは、20日後も初めの信号の約86%を保っていました。
実際の食品での性能を確かめるため、研究チームはMPAを含まない豚肉と牛乳に、既知の量のMPAを加えて測定しました。加えた量のうちどれだけを測り取れたかを示す回収率は、豚肉で91.32〜97.29%、牛乳で95.14〜102.54%でした。著者らは、クロマトグラフィー法で必要な固相抽出などの面倒な精製を省けると説明しています。前処理は、たんぱく質の沈殿と脂肪の除去といった基本的な操作で済むといいます。
この研究が示すこと
この研究は、シリカの芯に銀ナノ粒子を載せた材料と、MPAに特異的な抗体を組み合わせることで、動物由来食品中のMPAを高感度に検出できる電気化学センサーを作れることを示しました。著者らは、このセンサーを、MPA残留の迅速なふるい分けのための、低コストな試作段階の分析法と位置づけています。
一方で、論文は限界も明記しています。今回試したのは人工的にMPAを加えた試料であり、実際に汚染された試料は調べていません。公式の検査法との直接の比較も行っていません。定量下限(正確に量を決められる最小濃度)の評価もこれからの課題です。また、電気化学的な免疫検査は、現時点では規制当局の通常の監視検査には認められていないことにも触れています。今回の成果は、食品中の微量なホルモン残留を手軽に調べる方法の候補として、実験室レベルで性能を確かめた段階にあるといえます。
原著論文の著者・所属:Yadi Yuan(Henan Provincial Key Laboratory of Immunobiology, Zhengzhou 450001, China; Longhu Laboratory of Advanced Immunology, Zhengzhou 450046, China; School of Life Sciences, Zhengzhou University, Zhengzhou 450001, China)、Jingming Zhou(Henan Provincial Key Laboratory of Immunobiology, Zhengzhou 450001, China; Longhu Laboratory of Advanced Immunology, Zhengzhou 450046, China; School of Life Sciences, Zhengzhou University, Zhengzhou 450001, China)、Hongliang Liu(Henan Provincial Key Laboratory of Immunobiology, Zhengzhou 450001, China; Longhu Laboratory of Advanced Immunology, Zhengzhou 450046, China; School of Life Sciences, Zhengzhou University, Zhengzhou 450001, China)、Haili Wang(Henan Provincial Key Laboratory of Immunobiology, Zhengzhou 450001, China; Longhu Laboratory of Advanced Immunology, Zhengzhou 450046, China; School of Life Sciences, Zhengzhou University, Zhengzhou 450001, China)、Yanhua Qi(Henan Provincial Key Laboratory of Immunobiology, Zhengzhou 450001, China; Longhu Laboratory of Advanced Immunology, Zhengzhou 450046, China; School of Life Sciences, Zhengzhou University, Zhengzhou 450001, China)、Enping Liu(Henan Provincial Key Laboratory of Immunobiology, Zhengzhou 450001, China; Longhu Laboratory of Advanced Immunology, Zhengzhou 450046, China; School of Life Sciences, Zhengzhou University, Zhengzhou 450001, China)、Yongxin Li(Henan Provincial Key Laboratory of Immunobiology, Zhengzhou 450001, China; Longhu Laboratory of Advanced Immunology, Zhengzhou 450046, China; School of Life Sciences, Zhengzhou University, Zhengzhou 450001, China)、Aiping Wang(Henan Provincial Key Laboratory of Immunobiology, Zhengzhou 450001, China; Longhu Laboratory of Advanced Immunology, Zhengzhou 450046, China; School of Life Sciences, Zhengzhou University, Zhengzhou 450001, China)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Yadi Yuan, Jingming Zhou, Hongliang Liu, et al. A Highly Sensitive Electrochemical Immunosensor Based on Core–Shell SiO2-PEI@Ag NPs Nanocomposites for MPA Detection. Foods 2026-07-31. DOI: 10.3390/foods15152701. 原著ライセンス:CC BY.